「風が吹いた日」



 ぽそりと呟いた言葉を聞き返す嵐に、手を振って「なんでもない」と返す。

 あちら側を見抜く力は類を見ないほどにずば抜けているのに、どうしてか妙な部分が抜けている。

 鈍感、と一言で済ますにはいささか抜け落ちている部分が大きすぎた。自覚がないとでも言おうか。

 苦笑を噛み殺してそんなことを考えていると、嵐が腕時計に視線を落としている。つられて自分も見てみれば、既に昼も間近だった。

「ああ、何だか話し込んじゃったわね。お昼どうする?」

 いや、と言って自分の前に置いてある灰皿を脇によけた。

「図書館寄るつもりだから、抜く」

「不健康」

「言ってろ。あんたは?」

「どうしよ。どうせだから食べようと思ったけど、ぶらぶらしてから帰ろうかな」

 無言でこちらを見つめる嵐に何よ、と返す。

 別に、と言っただけで深くは答えず、ジャケットのポケットから財布を取り出した。

「おごってくれるの」

「今回だけな。次はよろしく」

「次なんてあるかしら」

 けらけらと笑いながら、丁もジーパンのポケットから財布を出す。割勘への微かな期待を込めながら見ていると、中から取り出したのはお金ではなく、小さな名刺だった。

「何か聞きたいことでもあったら、どうぞ。割引しとくわ」

 商売人根性丸出しな発言に頷くことも出来ずに、名刺を受け取る。

 簡素なものだった。白い紙に流麗な文字で、電話番号と思われる数字の羅列が書いてあるのみだ。

「手書き?」

「巧いでしょ」

「ふうん。この番号は?」

「ホットラインみたいなもんね。私の」

「……家の?」

 番号の頭は携帯電話などに見られるものとは違う。

「違う、違う。どこかにあるらしいんだけどさ、いつも転送されたのしか取らないから。不定期に変更していくから、その度に連絡するわね」

 面倒なシステムだな、と渋面を作り出して連絡先を教えようとすると、丁はくすりと笑って財布から一枚の名刺を取り出す。

 白い紙に几帳面な文字で打たれたそれは、嵐にも覚えのあるものだった。

「貰ってるからね、もう。番号書いて」

 書いて、と請われるままにダンボールからボールペンを引っ張りだし、名刺の裏に自宅の番号を書いた。

 断る癖でもつけた方がいいのだろうか、と考えながら名刺を渡して聞く。

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