黄昏四辻の主と丁稚



 その声に見た目ほどの荒々しさはない。だが、愛想もなかった。
「私は黄昏四辻の三番角、十一の行灯屋が主、ひなと申します。これよりご用命にお応えするべく、お客さまのお時間を長々と頂戴することになりますがよろしいですか」
 客人は頷いた。かしこまりました、とひなは告げ、組み合わせた手をあぐらの中に置いた。
「では、しばしの間、非礼のご容赦を。なにぶん、人と話すのは久々ゆえに言葉の足らない部分もありますが、決して声は荒げることなく、間違ってもこの部屋から出ませぬよう。先ほど、うちの丁稚がご忠告申し上げたようになります」
 客人は再び頷く。ひなは低い調子で続けた。
「本来、私は紹介状のない客人をとらぬ主義です。ですが、あなた様はどうやらお一人でここまで来られた様子。その勇気に敬意と、個人的な興味からお引き受けするに至った次第です」
 ひなは盆にのった湯呑を自分の前に置き、急須を片手で持ってお茶を注いだ。香ばしい香りと共に注がれる、暖かなお茶の流れを見つめつつ話は続く。
「うちの丁稚から既に聞いていると思いますが、あなた様にしていただくのは、これからする私の話を聞いていただくこと、ただそれのみです。その間、お茶を飲んでいただいても、菓子をつまんでいただいても構いません。座っているのが辛くなりましたら、横になられても結構です。ただし口を挟まず、私の話に耳を傾けていただくこと、それだけはお忘れなきよう」
 注いだ玄米茶の香りを楽しむでもなく、ひなは白い湯気の立つ茶を飲んで一息つく。そして茶器の隣に置いてあった行灯を引き寄せ、中へ向かってふっと息を吹きかけた。すると、火種になるような物は何も入れていないにも関わらず、行灯の中に仄明るい橙色の光が灯る。
 微かな強弱を示すそれはひなと客人の影をうつろげに放ち、障子越しに射し込む黄昏時の光を陰鬱な暗さを持つものへと塗り替えていった。
「……私の人嫌いは生来のもの。何が原因などもはや探るつもりもありません。ただ、お出でになるお客さまの中には私との話の穂を探るため、その理由を尋ねる方もおられます。そのために、一つ作った話をこれよりお話しします」
 ひなはするりと話し始めた。その敷居のない語り口に、聞き手は身構える間もなく異界へ放り込まれたような気分になるのだろう。
「私は元よりここに居を構えていたわけではありません。そもそもは祖母が始めた店であり、私はその三代目になるのです。まだ私が幼い頃、祖母は私の母と、私を連れてここへ逃げ延びてまいりました。亡国の輩として、裏切り者として、簒奪者として、祖国からここへ」
 祖国は綺麗な国でしたとひなは続けた。
「ここへ来てからは思い出すことも難しくなりましたが、水の豊かな国だったと記憶しております。ですが、豊かなのは祖国だけ。国内に多くの水源地があることを利用し、他国への流れを堰き止め、周囲に対し水の売買を行っておりました。無論、人が生きるのに水は必須。長い間、生命線とも言うべき水を人質にとられては、決起することも出来ずじまい。祖国は外からの攻撃に耐えうる頑強な壁を作り上げ、自らを守りました」
 ですが、という声が小さな息を共に吐き出される。

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