嘘吐き姫は空を仰ぐ
小さなこぶで馬車が跳ね上がるのも気にせず、レニスは馬を繰る。荷台にしがみついたターニャは、出会った時から殺到してやまない疑問の数々を厳選し、逸る鼓動を抑えて旅人に問うた。
「……あなたが、あの忠臣なの?」
ターニャと同じようにしがみついた旅人は、疲れた顔に穏やかな笑顔を浮かべた。全身が打ち捨てられたぼろ布のようだったが、その笑顔だけは瑞々しく、こうして笑いかけてもらえる城主をターニャは少しばかり羨ましく思った。
「……ダスクと言います。あの方は息災ですか?」
「元気元気! うちが運ぶ食べ物を喜んで食べてくれるよ!」
レニスが大声で答える。
「少し休め! 必ず連れて行ってやるから!」
ダスクは弱弱しく笑ったが、すぐに力強い言葉で「いえ」と返した。この体のどこにそんな力が残っていたのかと思うような、強い声音であった。
「休んでなどいられません。必ず戻って、あの方を城から出すまでは終われません。縄梯子か何か、そんな物があればいいんですが」
レニスは一瞬、呆気にとられたが、すぐに笑って返した。
「勿論、あるとも! うちは父親の代から、いつかお前が戻ってそう言いだすのを信じていたんだからな!」
ダスクは微かに微笑み、レニスの後ろへ移動した。
「お父さん、飛ばしすぎて馬車壊さないでよ!」
「これが飛ばさずにいられるか! ダスクが帰ってきたんだ! これでやっと、お姫様も自由になれる!」
幼い時は父親について、家業を継いでからは自らが食べ物を城へ運ぶようになり、あの穴の底で眠るように立つ城で過ごす孤独を、レニスは自分が想像出来る最大限の寂寥感で考えてみた。そして、自分には到底我慢できないと思い、いつもレニスの運ぶ物を喜んで受け取ってくれる城主の笑顔が痛々しかった。
だが、それも今日で終わる。
「行くぞ!」
「はい!」
小さな馬車がスキップするように道を駆け抜けていく。
広く晴れ渡ったこの空を届けるため、彼女の嘘を解くために。
……かくして無冠の愚か者、帰還せり。
彼の者によって最後の『重石』を外せし城、一夜にして崩壊す。その様、役目を終えし人々の安堵の息のようであり、墓標のようでありと聞く。
彼の者らの行方、その後は絶えて久しく聞くこともなし。
全ては歴史の中、全ては人々の口伝の中……
終り
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