嘘吐き姫は空を仰ぐ



 娘のささやかな攻撃を片手でかわしながら、レニスは先刻よりも距離の縮まった旅人の姿を、目を細めて見つめた。どうやら彼も、ターニャの声に驚いたらしく、こちらを見つめている。
──「彼」、も。
 レニスは思い切り手綱を引っ張って馬を止め、ターニャの小さな体が放り出されないよう押さえつけた。いきなりの出来事に胸中を占領していた感情もすっぽり抜けて、ターニャはぽかんとした面持ちで父親を見上げる。すると、そこにあったのはこれまで見たことのない、父親の驚いた表情だった。
 レニスは目を細めたり、顔を近づけたりしながら旅人の姿を見つめ、ようやく自身の抱いた答えと合致すると認めると、驚きを安堵の表情に変えた。
「……そうか……帰って来たのか」
 その小さな呟きをターニャが問い質すよりも早く、レニスは体に似合わない俊敏さで馬車を降りる。そして跳ねるように、草むらの中を旅人に向かって駆けて行った。
 ターニャは声をあげた。
「お父さん!?」
 レニスは走りながら娘を振り返る。
「帰ってきたんだよ! 彼だ!」
「彼って……」
 数秒、その言葉を口の中に含んだ後、ターニャの脳裏に閃光の如く答えが走る。
「ええ!? うそ!?」
 その間もレニスは足を止めず、旅人へ一直線に向かうと、再会を喜ぶように彼の細い体を抱きしめた。草むらの中でレニスが笑いながら旅人を振り回しており、おかえり、としきりに叫んでいる。その姿はまるで子供のようであり、レニスは恥も外聞もかなぐり捨てて彼の帰還を心の底から喜んでいるようだった。
 ターニャは馬車に座ったまま、立ち上がれなかった。その光景に、あるいは伝え聞くのみだった伝説の終焉の瞬間に、腰が抜けてしまったのである。
 だが、嬉しそうな父親の姿につられるようにして笑いが込み上げ、ターニャは肩を揺らして笑いだした。そしてひとしきり笑った後、はたと気づいて馬車の上に立ち、声を張り上げる。
「……お父さん! 早く城に行かなきゃ!」
 そうだそうだ、とレニスも応じ、旅人の手を引いてこちらへ向かって走り出す。だが旅人の細い体はレニスの走力についていけず、途中で草の海に埋もれてしまった。レニスは慌てて戻ると旅人を抱え上げ、自慢の体力で草むらを走り抜ける。そして荷台に旅人を放り込むと、すまん、と叫んで老馬へ鞭をおろす。それでも最大限に気を使ってのことだったが、当の老馬は久方ぶりに受ける鞭で驚いたらしく、今まで見たことのない速さで走り出した。
 手綱を握りながらレニスは肩越しに荷台の旅人を振り返る。
「すぐ連れてってやるからな! 城主様を見守る約束、守ったからな!」

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