「時、馳せりし夢」
「……まあ、私はどっちでもいいんだけど」
エリーは不服そうに頬を膨らませた。
「わたしはなんか、もやもやするけどなあ。だって、昔はドラゴンがいたのかもしれないし、その面白い仕事があったのかもしれないんでしょ?」
「わかんないよ」
恋愛小説はなんとなしに、色恋を主軸に据えた物語だからジャンル分けも容易い。
しかし、それ以外の小説に関しては事実なのか空想なのかの線引きを一切されていないために、どれが本当でどれが嘘なのかもわからなかった。
二人がドラゴンという生物を想像出来たのも、「世界のドラゴン図鑑」というものを読んだからであり、特に深く考えもせず「図鑑があるのだから本当にいたのだろう」と思っている。ただし、それが虚構であったなら、いったいどこからが嘘でどこからが真実なのかが全くわからないのだった。
となれば、簡単なのは適当に信じて楽しむだけである。
昔はそういうものがいたのかもしれない。昔はそういう仕事があったのかもしれない。
だが、今の自分たちにそれを検証する材料はない。
出来ることは、ただ「あったかもしれない過去」に夢を馳せるだけ。
「でも、時々思うのはね……」
レムは遠くを透かし見るような目つきになった。
「ここがずっと昔から私たちの世界の全てなら、どうしてここまで色んな想像を詰め込んだ話を書けるのかなってこと」
エリーは頬杖をついて数秒考えた後、ぽつりと答えた。
「……勢い?」
レムは吹きだして笑う。
「勢いって、なにそれ」
「だって、書きたいって思ったんでしょ。その勢いじゃないの。あとはもう流れでどうにか」
「じゃあ、そう書けるだけの土台が、大昔にはあったってことだよね」
「……じゃ、それってやっぱり本当の話なの?」
エリーは姉の顔を覗き込んだ。レムはふふ、と笑う。
「どうだろうね。大昔の人たちに聞いてみないとわかんない」
レムは再び端末の電源を入れた。暗い画面がぱっと白くなる。
「次はレムも読めるような話にしようか」
「……なんか馬鹿にされてるように聞こえるんですけどー」
ふくれる妹をおいて、レムは書物のリストを探した。そして、ある一つの題名に目が止まり、エリーを振り返る。
「じゃあ、これ。次は夜の遊園地の話」
「ふうん……」
夜も遊園地もわかる。ただそれだけで興味を惹かれてしまうエリーであり、それを姉に見透かされているというのが何とも気恥ずかしかった。
「ページめくるの、わたしがやっていい?」
「お、やる気ですねえ」
「お姉ちゃんだと読むの早すぎてついていけないんだって……」
「そう? じゃ、よろしく」
レムは端末をエリーに渡し、自分は覗きこんで読む役へ徹することに決めたようだった。
端末を手にしたエリーは少しどきどきしながら画面に触れ、過ぎ去った時の、あったかもしれない夢へのページをそっとめくった。
終り
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