Piece26



 各所でそれなりに慌ただしい一日を過ごしているため、完全に目覚めたギレイオなどは暇なものだった。一日に二回、ワイズマンの診察を受ける他は何もすることがなく、体が回復していくにしたがってそれは顕著になっていった。
 食事も経口で行えるようになり、朝昼晩は食堂でとる。初めのうちは抵抗があったものの、食堂に入るギレイオに対して詮索をしない乗務員たちの態度はありがたかった。無論、影では噂の一つや二つ、多少の尾ひれをつけて泳いでいることだろうが、それを表にしないだけいい。口の端に上るようなことをした自覚はあった。
 睡眠と食事と診察以外ではやることがなく、だからといって仕事を求められるほど回復しているわけでもない。第一、ロマとヤンケがそうしようとするのを止めるのだ。彼らの力に抵抗出来ない自分がまともに働けるとも思えず、そうするとギレイオがやれることはリハビリに限られた。
 部屋と通路だけで行うリハビリだが、これが存外に苦労を強いられていた。体が全快する前に飛び出した自身の無謀が悔やまれる。あの時は「この先」のことなど爪の先ほども念頭になく、こうして手すりを頼りに体を動かす訓練をしている自分がおかしく感じられた。
 肩から背中にかけて自分と同じ重さの石を背負っているようで、足は鉛が張り付いたように重い。体の各部が動こうとする意志へ一瞬の躊躇を見せてから動くので、自分の体を遠くから操縦しているようだった。
 飛空艇の全長を貫くように伸びる通路を片道歩くだけで息が切れる。往路を振り返って気が遠くなり、ギレイオはその場に座り込んだ。大きく息を吐いて吸い込み、暴れまわる心臓をなだめていく。数か月前には考えられない衰弱ぶりに我ながら笑いがこみあげてきた。
 両手足に上手く力が入らず、体裁を整えようという気も失せて壁にもたれかかった。
「……そこってそんなに落ち着く?」
 ありったけの疑問を込めた問いかけにギレイオは視線を巡らせた。すると、左手に伸びる操舵室への通路にアインが立って、こちらを見ている。
 改めて見ると随分な変貌ぶりに驚く。髪の毛の白さはあの夜闇の中でも映えたが、明るい所で注視すると、色を失っているのは髪だけではないことに気づいた。肌はもちろんのこと、眉毛や睫なども白くなり、眼の色まで退色して赤色を呈している。生まれつき色素を持たない人間がいると聞いたことがあったが、こういう容貌のことを指すのかもしれない、とギレイオは思った。
「……見た目、変わったな。随分」
 ゆっくりと体力が回復していくのを感じながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。あまり長い文章を口にするのは、やはり骨が折れた。
 アインは髪の毛を一房つまんで「そうね」と答えた。
「これで済んで良かった方だけど」
「良かったのか?」

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