Piece23



 それまで微動だにしなかったギレイオが唐突に駆け出し、棺に手をついたのである。突然の出来事に誰もが目を丸くして身動きを取れなかったが、肉親であるウィリカには彼が何をしようとしているのか瞬時にしてわかった。
「やめなさい!」
 叫ぶや否やギレイオに飛びかかり、横倒しになるようにして棺から引きはがす。手の触れていた部分は既に穴が開いていた。
 ギレイオは棺ごと、ディコックを蒸発させようとしていた。
「……なんで止めるんだよ!」
 ウィリカに押さえつけられながらもギレイオは抵抗を止めなかった。四肢を動かし、その腕から逃れようとする。
 何が起こったのかようやく飲み込めてきた男の一人が声を荒げた。
「なんてことをするんだ!」
「何がだよ!?」
 ギレイオは男を睨み付ける。子供らしからぬ気迫に男がたじろぐと、ギレイオは言い放った。
「こんな所に埋めてたまるか! 俺は絶対嫌だ! 埋めてなかったことになんてしない! 花の栄養になんてさせない! 全部俺が持ってく!」
 それで、と声を詰まらせながら言った。
「お父さんを殺した奴を俺が殺してやる! でなかったら、何のための魔法だよこれは!?」
 ぱしん、と乾いた音が響き、暴れていたギレイオの動きを止めた。
 それだけでなく空気までも止まったようになり、誰もが戸惑った表情でウィリカを見つめる。無論、その中にはギレイオも含まれた。
「やめるのよ、ギレイオ」
 低い声で紡がれた声には、諭すほどの穏やかさはない。ギレイオ以上に鬼気迫るものがあり、震える声を叱咤してウィリカは続けた。
「やめなさい。……もうこれ以上、私を困らせないで」
 動きを止めたギレイオからウィリカは離れ、茫然とする息子を力任せに起き上がらせた。しかし立たせることまではせず、途中で手を離して埋葬の準備に入る。ホルトも唖然としてはいたが孫に近寄ることはなく、ウィリカから少し離れたところで埋葬の列に加わった。
 ギレイオを案じて声をかけてくれたのは、ディコックの死を伝えにきてくれた男の妻だったが、ギレイオの耳には何者の声も届いてはいなかった。
 ギレイオは黒い穴を思い浮かべていた。力づくで押さえつけたギレイオを見る母親の目が、ギレイオには何も映さない穴のように見えたのである。
 まるで洞窟のような──ギレイオが知る母親であればその暗闇にさえ穏やかさを感じただろうが、両目の暗闇から見え隠れしたものは紛れもなく怒りであった。それも由来のわからない、純然たる怒りである。
 矛先は確かに自分に向いていた。

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