Piece22



 今までに聞いたことがない声でむせび泣くホルトの声はギレイオの胸を激しく打ち、彼女の周りで佇む女たちも万策尽きた顔でホルトとウィリカを見る。どうしたらいいのかわからない、途方に暮れた顔だった。
 ウィリカが一歩踏み出した時、顔を手で覆って泣いていたホルトが弾かれたように顔を上げる。
「入るな!」
 喉を叱咤した声は空気を震わせ、辺りの人間を萎縮させた。
 無論、言葉に含まれたありったけの憎悪をぶつけられたウィリカは、ホルトから視線を外すことも出来ずにいる。
「お前が来たせいで! お前のせいでディコックは……!!」
 父親の名前が出たことで、ギレイオは不確かだった不安の形が明らかになっていくのを感じた。
「……お父さんが」
 どうしたの、と尋ねることも許さない勢いでホルトはまくしたてる。周りに立っていた女たちも雲行きが怪しくなってきたのを見てとって宥めるが、ホルトは彼女たちの手を振り払って叫んだ。
「あんたの父親なんかじゃない! 気安く呼ぶな! 何もかもあんたが生まれたせいで、滅茶苦茶だ! あんたのせいで、あんたが生まれたからディコックは……!」
 髪を振り乱して叫ぶ様は異形のようで、ギレイオは一歩退く。だが、その手をウィリカは離してくれない。
「あんたがあの子を殺したんだ!」
 ギレイオは無我夢中でウィリカの手から逃れて、その場から逃げだした。
 背中からホルトの罵声が追いかけてくる。合間に皆が宥める声が聞こえる。そしてウィリカの絶叫に近い泣き声が聞こえてくる。そのどれも遮断するようにギレイオは耳を塞ぎ、あの花畑へと通じる岩山を駆け上った。
 子供の足で走るには、いくら慣れたギレイオにも悪路である。それでも、耳を押し潰すほどの力を込めながらギレイオは駆け上って行ったが、途中で足がもつれて派手に転んだ。そして受け身を取ろうと咄嗟に突き出した手を見つめ、ギレイオは慌てて耳を押さえる。
 転んで擦りむいた箇所が痛み、耳を押さえる手も熱を持って痛い。もはや村の音など何も聞こえない場所にいるにも関わらず、ギレイオの耳からはホルトとウィリカの声がこびりついて離れなかった。
 ギレイオは涙を堪えるために深呼吸を繰り返した。泣いてしまったら、何かを肯定してしまうような気がしたからである。しかし、深く息を吸うごとに喉は震え、吐き出すものは嗚咽へと変わっていった。
 涙がついに堰を切って溢れだした時、ギレイオは声の限りを尽くして泣き叫んだ。身を切るような叫び声は、遥か下方の村にまで響き渡った。

 ディコックが変わり果てた姿で帰ってきたのは、それから二日後のことだった。



Piece22 終


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