Piece22



「……またすぐ来るから」
 はっきり態度には示さないものの、明らかに不服そうなギレイオの前にしゃがみこんでディコックは言った。後ろには荷造りを終えた車がある。彼が自分の足にと中古を買って直したものだった。
 一緒に乗っていけたら、とギレイオは思う。しかし出来ないこともギレイオはわかっていたが、はたしてそれが父親にも通じていたかとなると疑問だった。ギレイオ自身にその疑問はなくとも、年をかさねるごとにわかる機微というものはある。その種子となり得る感情は、少なからず幼い少年の胸に宿りつつあった。
 パストゥスの質問が蘇るのを耳の奥に感じながら、ギレイオは去りゆく車に手をふる。
「気を付けてね」
 ギレイオの声を待つようにゆっくりと進んでいた車の運転席の窓から、ディコックが顔を出して手を振った。その笑顔を記憶に刻み込むだけで、あとの数日は頑張れる。そんなことを繰り返して行けば、また長い冬が来るのだ。
 ここを出ていきたいと思ったことはある。出た先で何が出来るとも思わないが、とにかく飛び出していけたらと夢想するのは楽しいことだった。
 しかし、出来ないともわかっていた。ここには母親がおり、嫌われてはいても祖母がいる。そして父親が帰ってくる場所でもあるのだ。
 だから飛び出せない。それが現実になろうなど、考えるまでもなく不可能な話だった。
 冬が終わり、悠然とした足取りで春がやって来る。降り積もった雪は溶けて細い水の流れを作り、畔には芽吹いたばかりの若葉が色を添えた。
 ささやかな川はやがて消え、畔で繁茂するだけだった草花はその勢いを増して川底へと進んでいく。川の跡を緑が埋め尽くす頃になると、ようやく本格的な春を感じるのだった。
 寒さのために締め切っていた家や人の心は解放され、植物の詠歌に応じて家畜たちも外へと解き放たれる。備蓄していた餌よりも、青く柔らかな葉を好む彼らは喜んで草をはんだ。子供たちはそんな彼らの管理をし、時に逃げ出すものがいないよう見張る。
 ギレイオは賑やかな一画から離れて、その仕事に従事していた。ホルトに家の仕事を任せ、ウィリカも共に家畜を見張る。二人で見るには多い数だが、隙間を埋めるようにして牧羊犬たちがよく働いてくれていた。黒の雑種で少々のんびりした気質の持ち主ではあるが、仕事はきちんとこなし、ギレイオにもよく懐いていた。
 群れの反対方向でウィリカが目を光らせ、村に近い所でギレイオが立つ。よそから嫁いできたとはいえ、ウィリカの出身も家畜の世話を生業とする所だった。当然、技術はウィリカの方が上であり、ギレイオは例え逃げ出しても安心な村側に立つのが常であった。
「……任せてくれてもいいのになあ」
 ぽつりとぼやくと、隣で伏せていた犬が目を輝かせて立ち上がった。遊んでくれるとでも思ったらしく、期待に満ちた顔がおかしくてギレイオは笑う。
「お前じゃないよ」
 言いながら撫でてやり、犬の傍らに腰かけた。

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