Piece21
すると、声は嬉しそうに言った。
「ありがとう。さすがに警戒されたままだと私もいづらくて」
「……人間なのか」
数秒黙した後、「どうだろう」と答える。
「人間なのは間違いないけど、今はその自信ないかも。そこは追及すべき議題?」
「いや……」
ネウンは少々、面食らっていた。回路が強制的に繋がれた異常さに反し、声の調子はあくまで普通である。どこにでもいそうな人間の声音であり、警戒心を抱かせないという点では特筆すべき事柄に値するが、それ以外にとりたてて気にするところはない。
乱雑な記憶と情報に振り回されて錯乱したかと思ったが、錯乱した己の声が女であったり、質問を投げかけたりと、そんな曲芸を見せるとも思えなかった。
「わたしに何の用だ」
原因がわからないまま、結果が先走っている。ネウンはその順序をまず正そうとした。
すると、声は思わぬ人物の名を口にする。
「ギレイオって知ってる?」
事態はますます混迷を極めたが、ネウンはとりあえずその場に腰を落ち着けた。
「なぜ、ここでその名が出てくるのかは疑問だが、知っている」
「なら、教えて。多分、ここでその人のことをよくわかっているのはあなただと思うから」
ネウンは顔を上げて、姿の見えない相手を見据えるように目を細めた。
「……君は誰だ」
声はわずかに黙した後に答える。
「多分、あなたの味方になれるサムナの知り合い。……彼、ずっとそのギレイオって人のことを気にかけているみたいだから」
初めて、声に感情がこもる。
ネウンにはわからなかったが、彼の演算能力は瞬時にしてそれを「愛情」だと定義した。
ヤンケは心に体が伴わないような日々を過ごしていた。焦る気持ちに反して体は鈍重でついてこない。無論、痩せ型のヤンケが思う体の重さとは、単に気持ちの問題だけであったが、望んだ成果が得られないもどかしさを何かの所為にせずにはいられなかった。
それでも、身食いをするような状態に陥らなくなったことは良い傾向である。傍で見ているロマやワイズマンも安心して彼女に任せることが出来ていたし、ヤンケもその信頼を裏切らないようにと自らを律した。泣いて、落ち込んでいられる余裕がなくなったというのもある。
ギレイオが姿を消してから三日が経とうとしていた。
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