Piece21



 自分の情報防壁は『機構』の中でも最高レベルだと自負している。最古参のネウンにはそうすることでしか自身の機械としての性能を高められなかったからだ。『機構』の中枢にこそ劣るものの、その辺に転がるものには負けない自信がある。その中で出会ったヤンケという少女にはいくらか驚かされたな、とネウンは少しだけ思い出していた。
 ネウンらに遥かに劣る演算能力を持つ機械には負けないだろう。それを使う普通の人間にも負けない。ヤンケは今のところ脅威にはならないが、彼女のような能力を持つ人間には多少なりとも苦労させられるかもしれない。
──では、人間か。
 『機構』の人間がネウンに介入しようなど、そんな酔狂をするとも思えなかったし、それでも痕跡は追える。外部からの介入はまず考えられなかったが、結果は同じことだ。
 他にも人間がいただろうか、とネウンは体を起こした。カーテンをひき忘れた窓からようやく天頂へ登り始めた陽光が射し込み、部屋に沈殿した暗闇をじわじわと払拭していく。光が入ることで暗闇はより色を濃くしたように見えた。
 そういえば、そんなことをデイディウスは呟いていたことがあったと思い出す。これは随分前に整理した記憶だったため、すぐに取り出すことが出来た。戯れに似たお茶会の最中、ぼそりと呟かれた言葉だが、妙に印象に残って保存しておいたのだった。
「その言葉、私は嫌い」
 突然、後ろから女の声が聞こえ、ネウンは素早く体を反転させて構えた。しかし、そこには何者の姿もなく、たった今起きたばかりのネウンの頭の形が残った枕があるだけだった。
 構えを解かないまま、部屋を見回す。払暁がにぎにぎしく自身の領地を広げている光景は常と変わらない。いつもと同じ朝とも言い難いが、風景や自然現象においてはいつもと同じである。
 ネウンが自身の警戒レベルを上げた時、再びあの声がした。
「……でも、その言葉を覚えたあなたは興味がある」
 不意を突かれた先刻よりも、今度ははっきりと声の発信源を知ることが出来た。
──中から聞こえる。
 ドゥレイらと使う通信回路とはまた別の回路が、知らない間にネウンの中に構築されていた。当人に気づかれない内にこんなことをやってのけるなど、脅威を通り越して不可解だった。
「誰だ」
 それまで弄ぶだけだった思考が一応の帰結を見せる。ネウンに介入したのはこの声の主に間違いない。
「許可を得ずに勝手に道を繋ぐのは褒められた方法とは言えんな」
「だって、時間がないから」
 声は悪びれる様子もなく言い放った。その言い方があまりにもあっけらかんとしていたため、当面の脅威はなさそうだとネウンは警戒レベルを常態に戻す。

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