Piece20



 いつからか、その失敗作の処理に関する話も聞かなくなったように思う。
 匂いのきつさと華美な色は何かを隠すためのものなのか。咲き誇る花々から答えを得ることは出来ず、ネウンはその場から踵を返した。



 邸宅の中は声を発することも許さない、重苦しい沈黙が支配していた。無音が主人と化した内部には生活感といったものがなく、死に体の家具や壁が無感動に来客を出迎える。もっとも、訪れた側も感動とは程遠い立ち位置にいるため、どちらかと言えば似つかわしい。
 デイディウスの後にサムナも続く。車椅子のモーターの音のみが静けさを押し分け、道を切り拓いていった。
──何故、ついていこうと思ったのだろうか。
 サムナは無骨な機械がとりついた車椅子の背を眺めながら思った。
 ネウンの言葉が聞こえていなかったわけではない。声を発することが出来なくなってからこっち、耳は驚くほどよく聞こえるようになっていた。無論、それは超人的な聴覚を意味し、指向性のある集音機能は物理的な障壁を越えて声を拾ってくる。
 エインスが椅子を揺らす音も、ドゥレイがディレゴという研究者と話している声も聞こえていた。
 ネウンは「何をしにここへ来たのか」と問うた。端的に言うならば、自身を知るためだった。
 自分はあまりにも自分について知らなすぎる。知ろうとしなかった怠惰は誰が招いたものなのか、サムナにはそれを言葉にすることが躊躇われた。怠惰を選んだのは自分であり、招いた当人に責はない。それが彼の望みであったとしても──サムナにただ機械であれと望んだ結果だとしても。
 人でありたいと思ったことはない。人ではないと思い知ったことは多々ある。機械に言葉を置き換えても同じことだった。サムナは自分がどちらなのかわからず、自分でどちらになりたいかを選ぶことも出来なかった。指し示してくれるべき相手はここにはおらず、もし示したとしてもその指先に従うことは出来ないとサムナは思う。
 あの不敵な笑顔が思い出された。生きているならそれだけでいい。それ以上を臨む権利など自分にはありはしない。
 邸宅の端で角を折れ、サムナもその後に続く。ふと、デイディウスが呟いた。
「覚えているか?」
 車椅子は通路の正面に現れた扉に向かってしずしずと進む。サムナが頭を振って答えたのが気配で知れたのか、デイディウスは「そうか」と呟いて扉の電子錠と南京錠を開けた。
「ならば、思い出せ」

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