Piece19



 ロマはどうしてこんなに汗だくなのか、よく見れば息切れもしている。まるで全速力で走ったかのような有り様だが、それだけではない何かが彼を疲労困憊させている。
「何かあったんですか」
 ヤンケの声はようやくはっきりと聞き取れるようになった。
 それを待っていたわけではないが、息を整えたロマは唾を飲み込んで急き込むように言う。
「ギルがいない」
 へ、と妙に気の抜けた相槌しか打つことが出来なかった。一瞬、ロマが何を言っているのか本当にわからなかったが、汗を拭ってロマが続ける言葉を聞くごとに、不安が一足飛びでヤンケに忍び寄ってくる。
「暗くなるから、まず怪我人の方を先に探そうってなった。でも、学校のどこを探してもいないんだ。オレも先生も方々探し回ったけど、どこにもいない。町へも行ってみたけど、駄目だった」
 だから、と言ってもう一度唾を飲み込む。
「探し方を変えようと思ってお前を探していたら、ここで倒れてるから……とりあえず大丈夫で良かった……」
「私のことなんかいいです! ギレイオさんは本当にいないんですか!?」
 今や、警鐘はヤンケの耳元でけたたましく鳴り響くほどだった。
「学校の中とか、どこか建物の中とか……町なら路地だっていっぱい……!」
「だから!」
 見るからに動揺するヤンケを諌めるように、ロマはわざと声を張り上げた。ヤンケは冷水を浴びせられたように動きを止め、ロマを凝視する。
 ロマは申し訳なさそうに眉をひそめ、言葉を選んで取り出した。
「……だから探し方を変えたいんだ。オレたちは外側には明るいが、中は難しい。今、先生が学校の中を探してるから、お前はオレと一緒に町を建物含めて総ざらいしてほしいんだよ。掴める情報は全部掴み取る。監視カメラだの何だの、ハッキングはお手の物なんだろ?」
 動揺が治まれば、ゆるゆると湧き上がるのは動かなければという衝動だった。ヤンケは大きく頷き、手早く辺りを片付け始める。
 それを見ながらロマは立ち上がり、「早くしないと」と、ぽつりと呟いた。
 頭上から落とされた言葉の続きが何なのか、ヤンケは胸に広がるどす黒い予感と戦うように、必死で捜索案を考えていた。



 見たことがない物なのに、自然と名前が口をついて出る。それは知っているというよりは、辞書を開いて字引をしている行為と変わらなかった。
 ただ文字を追い、それを口にしているだけに過ぎない。無感動な動作には何の意味もない。その文字があることを知るだけの話だった。
「……それ、楽しいの」
 隣でドゥレイが問う。つまらなそうな顔は持ち前のようで、彼はいつもそういった顔をしていた。勿論、感情の持ち合わせがなく、あったとしても猿真似でしかない彼らにとって、「つまらなそうな顔」というのはいくらかおかしな表現ではある。
「……」
 シャワー状になった水が放物線を描いて花々に降り注ぐ。

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