Piece2



「その冠名は頂けない」
 硬質な響きを持つ声に警戒し、神殿騎士たちは剣を構える。頭は良いのだろうが、経験は浅そうだった。おそらく、サムナの素性一つにしても知らされてはいまい。
 陽が傾き、一日と戦いの終わりを告げている。茶色と水色が交わる地平線で、夕陽の橙色が腕を広げていた。
 斜陽に照らされて、神殿騎士の垣根の向こうにベイオグラフやアークの姿と──もう一人見かけぬ剣士の姿が浮かび上がる。どうにも雲行きが怪しそうだったが、介入する術も筋合いもない。
 今はギレイオと左腕のことだけを考えていればいい。ついでに、最優先事項二つに逃亡の二文字が加わる。
「今はあんたたちの相手をしてやる暇はない」
「貴様……!」
「重討伐指定の冠は捨て置く」
 サムナは右足に力を込めた。
 気付いた騎士がサムナに向かって走る。剣が振り下ろされる刹那、サムナは右足を力一杯地面に叩き付けた。
「リーダーその二という、冠名があるのでな」
 瞬時にして地面がめくれあがり、硬い地面を突き破って土が爆発したかのように飛び上がる。沢山の土くれと砂利が雨のように降り注ぎ、土煙が煙幕の役割を果たした。
 右往左往する神殿騎士たちの姿を見極めつつ、サムナは彼らの注意が自分から離れたのを察して大地を蹴る。土煙を破って上空へ飛び出すサムナの姿を見咎める者は一人としておらず、二度、三度と抜群の脚力で跳躍し、アクアポートの城壁まであっという間に到着した。
 ようやく落ち着いたところでサムナは息を吐き、抱えていたギレイオを降ろす。自身もその隣に座り込んだ。硬い石の感触がこんなにも落ち着くものだったとは。
 城壁の上から臨む戦場は散々たるものだったが、斜陽に照らされて不気味に美しかった。
「……サムナ」
 寝転んだままのギレイオの口から、落ち着いた声が漏れる。
「……左腕……」
「おれの不注意だ」
 やや黙って後、ギレイオは言った。
「当然だ、馬鹿が」
 不服に思っても、今は反論する気になれない。
「腹減った……」
「おれも疲れた」
「……金」
「明日にしろ」
「ただ働き……」
「知るか」
 ギレイオは口をつぐみ、間を置いて一言だけ言った。
「……疲れた」
 さしあたってそれに異を唱える気はせず、サムナは「そうだな」とだけ言う。
 慌しかった一日に、穏やかな夜が訪れようとしていた。



Piece2 終

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