Piece12



 責任をとれ、という言葉はもはや頭の中にはないらしい。サムナが小さく息を吐いて言葉を募ろうとした時、ギレイオは怒りにまかせて言い放っていた。
「大体な、あの花を知ってんのがてめえだけとか思ってんのがおかしいんだよ!! あれは元々、俺の村に咲いてたもんだ!!」
 女は鼻で笑おうとしたが、ギレイオの言葉にはっとし、怪訝そうに問うた。
「村? 俺のって言ったね、あんた今」
 尋ねられ、ギレイオはようやく自分が何を言ったのか気づいたらしく、後悔と共に視線を床に落とす。
 サムナはギレイオの言葉を一言一句、聞き洩らさなかった。
──俺の村、と言った。
「じゃあ、あんたはあそこの出身なのかい? ダルカシュの?」
 ギレイオの背中には後悔ばかりが渦巻いている。だが、サムナにとっては今はそれを気にするどころではない。
 ダルカシュという名が、ギレイオの故郷とされる名が初めて、光の下にさらされたと感じた。
 女の問いに、ギレイオは絞り出すような声で「そうだ」と答える。
 女は大きく息を吐き、しばらく考え込む素振りを見せてからサムナに扉を閉めるよう言った。
 爆発した怒りは静寂を破り、思いも寄らない記憶を呼び覚ましたようだった。



 爆発の後に家を襲った静寂は重く圧し掛かり、なかなか腰を上げる素振りを見せない。ギレイオはあれからだんまりを決め込み、ピエシュと名乗った女はそんなギレイオを気にしながらも、声をかけることを躊躇っている。喧嘩をした後の人間は確かどんなタイプもこのような空気を醸し出すが、サムナから見て、あれを喧嘩だとは思えなかった。ただの言葉の応酬に勢いがつき──そして思いがけない言葉が飛び出しただけの話である。
 ただし、それがギレイオにとってもピエシュにとっても、かなりの毒性をはらんだ話であることは間違いない。
──ダルカシュ。
 サムナは胸中で繰り返す。ヤンケが本当に知りたければ自分で調べるように忠告してくれたギレイオの故郷であり、ロマもワイズマンも知らなかった地図にない故郷。
 ギレイオとは直接の関わりがない第三者からその名が出たことで、サムナの中ではダルカシュという名がただの単語では終わらなくなっていた。
 単語は意味を帯び、第三者による認識によって実在するものであることを承認された。ワイズマンらと知識を持ち寄ってひねり出した推測が果たして正しいのかは怪しいものの、地理的な承認もおおよそながら得ている。ダルカシュという単語は「地名」という分類に組み込まれ、その注釈に「ギレイオの故郷の可能性」と続いている状態だ。
 サムナはその注釈から「可能性」という言葉を取りたい。
 想像や憶測の中で存在するものではなく、現実の情報としてそれを獲得してみたい。
 知識への明らかな意志の表れは、「欲」と呼ばれるものだとサムナは知らなかった。
──何故、知りたいと思うのだろうか。
 家の外は暗い。街も遠く、人の往来もないここでは夜ともなれば漆黒の闇が訪れる。それこそ、自分の足下すら覚束なくなるほどの暗闇だ。
 ダルカシュの名を聞いたピエシュは瞬時にして警戒を解いた一方で、どこかギレイオに対してはよそよそしさを見せた。しかし、その時既に昼を大きく過ぎており、人の営みから大きく外れたここから、近くの街まで帰れと言うには抵抗を感じるくらいには気を許したのだろう。今日は泊まって行けばいい、という申し出にサムナはありがたく乗ることにした。自分はともかく、ギレイオには休息が必要だと思ったのである。

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