Piece12



 顔半分を覆った布越しに甘い匂いを感じつつ、ギレイオの後に続いてサムナもその扉をくぐった。
 外観通りの内装である。家具の類はどれも古臭く、長年使われた感が漂う。その所為なのか、どれも色あせた顔をしており、彩度の乏しい家だった。かつてはクリーム色だったのだろうかという壁紙も煤か日焼けか、元の色を思い出すのに苦労しそうな色合いで、窓の脇に垂れたカーテン共々、微かに残った色を吸収してしまいそうなうら寂しさが募る。
 全体的に薄暗い印象の抜けない家は、玄関を入ってすぐが家の全てだった。暖炉に小さな机、横に伸びた家の奥には大きなベッドがあり、壁沿いに家具類が並ぶ。使った痕跡のある暖炉があることでどうにか、生活感を保っているような状態で、そうでなければギレイオは墓穴を連想するところだった。
 女をベッドに寝かせ、暖炉に火を入れる。ようやく色を取り戻した家は息を吹き返したかのようで、明かりと温もりが戻ったことで、薄暗い雰囲気も少しは後退したように見える。
「どこに何があるんだか……お前、とりあえず水汲んでこい」
「彼女は目を覚ますだろうか」
 サムナに水瓶を渡しながら、ギレイオは女を振り返った。
「知らね。こっちに戻ってきたかったら勝手に戻ってくる。気つけ代わりに酒でも探しとくよ」
「わかった」
 扉を開けると、一旦は引いていた甘い匂いが強くなった。どの花の匂いとも似つかない、深く息を吸い込むと甘い匂いで頭の奥がしびれるような感覚を味わう。なるほど、これはギレイオが警戒する理由がわかるというものだ、とサムナは納得した。普通の花の匂いではこうはならない。
 これはどこか、麻薬に近い。
 井戸の周りに絢爛と咲く花々は美しく、陽光を反射する様はガラス細工のようで、ともすれば一本手折ってみてみたくなる。どんな感触なのか、見た目通りに冷たいのか、すぐに壊れてしまうのか。サムナですらそう思うのだから、人の好奇心を大いに刺激する姿であることは間違いないようだ。
 転がったままの桶を井戸の底へ放り込む。しばらくするとばしゃん、という水の音が響いて聞こえ、手にした綱に重みが加わった。水を零さぬよう、慎重に綱を手繰り寄せる。女性の、それもあの女のような年齢ではこれは重くないのだろうか、とサムナは不思議に思った。どうやら滑車で持ち上げるような装置がついていたわけではないようだし、腕力のみで持ち上げるにはあの桶はいくらか大きいような気がする上に、渡された水瓶は更に大きい。
 引き上げた桶から瓶へ水を移すと、澄んだ水の匂いがした。麻薬のような花にはこれほど綺麗な水が必要らしい。
 何回か同じ作業を繰り返して水瓶を一杯にし、サムナはそれを抱えて家に戻ったその瞬間、何かを叫ぶ女の怒声と、ギレイオの罵声が爆発して静寂を破る。

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