Piece10



「仕方ねえな。大体、外に出る時は持ち歩けよ」
「学校内でそんな物騒な物を持ち歩けない。ギレイオこそ……」
 他愛もない話は特に脈絡もなく続く。そう長い間ではなかったのに、二人は不思議と、久しぶりに話しているような感覚に陥った。話の内容は新しくはないものの、何故か、話すことそのものが新鮮に感じる。
 それが、互いに違うものを見ながら話している所為だということに、彼らは随分後になってから気づくのだった。



 日が暮れ、暗くなってきたからと明りを灯すような時刻になっても、ギレイオとサムナの二人は戻ってこなかった。探しに行きましょうか、と言うロマに、ワイズマンは「放っておきなさい」と返す。
「そろそろ潮時だったんでしょう。ギレイオ君は昔からこんな感じじゃないですか」
「それでも一言ぐらいは」
「おや、脱走を邪魔されたわりには殊勝ですね」
「だからそれはもう申し訳ありませんと……あんまり言わないでください」
「それはもういくらでも言って差し上げますとも」
 にこやかに言われたところで、言葉に込められた氷は冷たいままである。ロマは深く溜め息をつき、手に持った資料を眺めてからワイズマンに声をかける。
「……これで、先生の夢は叶いますかね」
「そう簡単に叶っても面白みがありませんがね」
「……そういうもんですか」
「そういうもんですよ」
 掴みどころのない答えにこれ以上言及するのは諦め、ロマは「お茶を入れます」と言って席を立った。
 なんとなく、今の会話で集中が切れてしまったワイズマンはペンを置き、まとめていた資料を見分して机の上に投げ出す。長い間かけて求めていた答えの一部かもしれないものを、この短期間で一気に手に入れた。それをまとめあげることに人手も、気持ちの整理も追いつかない。欲しい時には来ず、さして求めてもいなかった時にやってきた「答え」はワイズマンにこんなものか、という空虚感を抱かせる。これでは用意されていたかのようだ。
 しかし、予定調和の「答え」が欲しかったわけではないのに、もたらされた情報はどれもワイズマンの心を躍らせた。空虚を感じても、その奥底にはまだ喜べる好奇心が眠っている。それがあるうちは、きっとこの研究も続けていられるだろう。
 ワイズマンは机の引き出しを開けた。歴代の助手たちにも、ロマにも触らせない、ワイズマンの真意がここに眠っている。
 中には古ぼけた日記帳が一冊、収まっているのみだった。元は鍵つきだった物だが、年月が鍵を壊し、今では誰でも開けられるようになっている。
 しかし、ワイズマンはこの日記の読み方を知らない。長い事手元に置いている代物だが、初めて手にした時から今日に至るまでその読み方がわからず、だからこそ、いつか読みたいと思い、今の道を歩むことを決めたのだ。
 これが、今の自分の全てを決定づけたと言ってもいい。
 ワイズマンは表紙に触れる。素朴な布地の肌触りは、既に手に馴染んだ感触だった。読めもしない内容も、紙の質も、インクの匂いも──そして唯一、ワイズマンにも解読可能だった日記の主であろう名も、長い間を経て、今やワイズマンの中に複製として根付いている。
──アマーティア=リブラ。
 彼はずっと、顔も知らないその名に片思いを続けていた。



Piece10 終

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