059.甘味処(2)


「吸血するのは本当だし、過去にはそういうことも出来た奴はいるわよ。でも、技術ってやつはどんどん進歩して、科学はどんどん色んなものを解明していっちゃうでしょう?そんな中でむやみやたらに体を蝙蝠に変えたりして、実験動物にされるのはごめんだわ」

「それが吸血鬼の総意?」

「いいえ。個人的な見解」

「じゃあ、総意としては結局どうでもいいってことか」

 あんみつの上に乗ったさくらんぼを器用に残して、あとは全部食べ終えていた。

「気にしていてほしかったの?」

「いや。ほら、前にエルに紹介してもらった日本産の吸血鬼……」

「耀のこと?」

「うん、そう。彼を見ていると、吸血鬼って随分と考え方がドライなんだなと思ってね。もちろん、全部が全部そういうわけじゃないだろうけどさ、エルから聞く仲間の話って大概そんな感じがするから。だから自分たちのことぐらいは執着するのかなと、素朴な疑問だよ」

「私は結構、自分のことは好きよ」

「わかるよ。俺もそんなところが好きだから」

 たださ、とさくらんぼのヘタを取る。

「好きになれるものが色々あると、人生豊かになれると思うんだよね」

「長く生きていると、好きなものと嫌いなものが半々になって、どうでもよくなるの」

「そういうものかなあ。俺はさ、実は今、切実に気になってることがあるんだ」

 幸仁は声をひそめた。珍しく切実そうな表情を見せるので、エルも少しだけ身構える。

「向こうって、こういう甘味処ある?」

「…………喫茶店ぐらいならあるわよ」

 それじゃ駄目なんだよ、と大仰に天を仰いだ。

「やっぱり生クリームとかチョコよりは、こういう餡子みたいな優しい甘さが俺には合うからさ」

 あんみつにだってアイスが入ってるじゃない、とエルは言いかけたがやめた。彼を専属にしておよそ二年、呆れるほど繰り返した会話である。そして決まって、結論は「日本に永住しよう」という幸仁の提案で終わるのだった。

 だが、今回ばかりはそうはいかない。世界中に散らばった仲間たちとの顔合わせが行われるのである。嫌でも顔を出さねば、エルの信用も落ちる。幸仁もその点は承知して、だからこそ空港の甘味処で「食い納め」と称してあんみつを食べているのだ。

「あー……一ヶ月だっけ?行かなきゃいけないのは。ここのあんみつをテイクアウトして、持ってきたいけど……」

「一ヶ月ももたないわね」

「そういうところもドライだよね……」

「仕方ないでしょう。甘いのも何も、感じられないんだから」

 幸仁は盛大に溜め息をついて、エルを手招きする。

「しょうがない。いつも俺ばかり身を削ってるような気がするけど、それが俺の仕事だもんね」

「なによ」

 いいから、とエルにもっと顔を近づけるように言う。

「せっかく残しておいたさくらんぼを君にあげよう。俺の血と混じれば、少しは甘みも感じると思うんだ」

「は?」

「そうすれば君も俺の苦しみをわかるさ」

 幸仁はにっこりと笑った。

「永遠のパートナーなんだからね、好きなものも嫌なものも半々にして分けなきゃ」

 苦笑するエルの前で、幸仁はさくらんぼを口に放り込む。

 エルは身を乗り出し、唇を重ねた。



終り

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