059.甘味処(1)


 女に生まれたことは後悔しない。この心でなければ感じ取ることの出来なかったものは、世の中に星の数ほど存在していると思うからだ。長く生きている身でも、その数の半分も感じ取ることは出来ていないと知る。

 だが、時々、女に生まれて失敗したと思う。

 例えば、時代の流れに合わせて変化する流行。いちいち追っていてはお金も気力も続かないから、途中からあたりさわりない恰好を好むようになった。中にはそれをいちいち時代ごとに追いかけるツワモノもいるが、自分にはそんなことにかける根性がなかったのだと諦めている。ちなみにそのツワモノは男だった。

 例えば、化粧のたぐい。基本的に新陳代謝は良い方だから、基礎さえちゃんとしていれば化粧をするごとに肌が荒れるほどである。先に登場した流行を追いかけ続ける男は、この化粧もしっかりしていた。ほとんど病気ではないかと思う。

 そして例えば──味覚が全くないこと。

 主食である血液の味はわかる。美味ければ甘く、不味ければ苦かったり酸っぱかったり、口に出来ないような血を飲んだこともあった。

 しかし、人間に一般的に備わっている食べ物を味わう味覚というものはない。自分たちのこれは味覚というよりも、血液というただ一つの食物を自分にとって有害か無害かを判断するための手段に過ぎない。その中で、口にした血液が己の専任の獲物かどうかを判断する味があり、それはどんなものにも勝る極上の味と言われるし、これには大いに頷けた。

 現に、目の前で美味しそうにあんみつを頬張る少年の血は格別だった。

「エルは食べないの?」

 小さなスプーンをくわえて問う。これでも来年には二十歳になるのだから、見た目というのはあてにならない。

「食べない。食べたって美味しくないもの」

 そう、これが一番に失敗したと思う原因である。本当なら今すぐにでもそのご相伴に預かりたい。

 女らしさをどこかに捨てたと仲間に言われるエルラルディリアに残った、唯一の楽しみが甘味である。

「でも好きだよね」

「私のことはいいから、さっさと食べちゃいなさいよ」

「飛行機の時間まではまだあるよ。にしても、まあ、不便だよね。俺、吸血鬼って言ったら体を霧に変えたり、蝙蝠に変身したり、色々あっと驚くようなことが出来るもんだと信じてたから。本にも書いてあるしね」

「あんな寝物語を信じる方がどうかしてるわ」

「とは言ったって、世界中の子供達はその寝物語を信じて生きてきたわけだけどさ。ああ、子供だけじゃないか。俺も信じてたんだし」

「大人とは言えないけど」

「童顔って言われ続けて二十年だけどさ、この年になるとそれも得かなって思うよ。でも、もうあまり関係ないけどね」

 言って、過去に幸仁と呼ばれていたエルラルディオはあんみつを頬張る。

「それにしても、どうしてあんな事実無根の吸血鬼の話が出来ちゃったかなあ。昔の人の想像力のたくましさといったら凄まじいものだけど、ちょっと想像がつかないよ。エルの友達はそこらへんはどうとも思わないの?嘘を書かれてさ」

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