047.雨上がりの午後(2)


 案の定、見ていたヘンリーがけらけらと笑った。

「後でメイクして隠してあげるわよ。あんたのファンデっていっつも濃い気がするのよねー」

「悪かったわね。地色よ」

「え、そうなの?」

「あなたほど自分を磨く余裕が無いの」

「ああ、それっぽい。男もいないでしょ」

「……後でじっくり語り合いましょ」

「そんな暇も無いんじゃないの?いってらっしゃーい」

 顔をしかめたアカシがレインコートを持って足取り速く受付を出て行く。ヘンリーの陽気な声が背中にぶつかった。

 手にもったメモには沢山の注文が書き殴ってあった。自分で書いた字なのだが、まともに読めるかどうか。雰囲気だけで読むしかないか、とメモとしての機能を失った紙を丸めて白衣のポケットに突っ込む。

 黄色のレインコートを身につけて外に出た。どうやら雨足も強ければ雨粒も大きいらしい。頭や腕を叩く雨の力が尋常ではない。ついこの間ハリケーンが来たばかりなのに、この街はどうしてこうも大雨を呼び込むのだろう。こんな時は誰も外に出たがらないに違いない。

 だが、こうしてゆったりとコーヒーの買出しに出かけられるのは嬉しかった。勿論、大雨の中出かけるのは嫌だが、病院内の消毒液と血の匂いから逃げられるのは役得というものだろう。視線を上げれば、真っ黒だった空に僅かだが眩いばかりに白い雲が顔を覗かせている。この豪雨もあと少しだ。

 その間に事故さえ起きなければ、非常に穏やかな時間を過ごせる。

──化粧もちゃんとした方がいいのかしら。

 一応、眉は描いているのだけど。ヘンリーのメイクを見ると自信が無くなる。後でしっかり教えてもらおう。

 大雨の中、買出し先のコーヒーショップが病院の近くにあるというのが救いだった。大きな傘を差して前屈みになり、雨へ突進するように歩く人々の間を縫うのは骨が折れる。これなら本当にピザにしておけば良かったのだが、マルコがあそこのコーヒーを飲みたいというのを無下にしたくはなかった。

 ピザはいつでも頼める。でも、あそこのコーヒーはこういう時間が空いた時でないと無理だ。

 アカシは彼の喜ぶ顔を思い浮かべてコーヒーショップの扉を引いた。

 聞きなれたベル、見知った店員、今日のレジは気だるそうなアルバイトの少女だった。雨だというのに客が多いのには少し驚く。

 アカシが注文されたものを復唱しながら商品棚を見ていた──刹那。

 何かを吸い込んだ音がしたかと思いきや、突然、轟音と共に商店が爆発した。窓ガラスが爆風によって一瞬にして吹き飛び、その勢いに巻き込まれた駐車車両や歩道を歩く人々が車道へ投げ出された。くすんだ赤の屋根からは、閃光交じりに炎と黒煙が爆発を繰り返しながら天を貫く。

 全て、一瞬の出来事だった。

 瞬きを繰り返すか否かの本当に短い時間で、人々の注目は豪雨から瓦礫の山へと化した商店へ移る。

 喧騒と悲鳴が周囲を席巻し、それまで煩かった雨音を切り裂いた。瞬間的に爆風で吹き飛ばされたのが影響したわけではないが、実際に雨は終息を迎えつつあった。

 逃げ惑う人、呻く人──既に声も上げない人。あらゆる人と音が病院へ殺到する。

 雨上がりの午後、それまでまどろんでいた病院に突如として狂気の刃が振り下ろされた。



終り


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