024.光合成


 世の中、芽や蕾や草で溢れている。

 それに彼女が気付いたのは小学五年生の時だ。学校帰りの夕方の路地、先生の悪口を一通り友達と言い終え別れた。しかし翌日の宿題のことを問おうと振り返った時、彼女の目に青々と繁る一枚の子葉が映った。

 単子葉。その言葉が浮かんだにも関わらず、なぜ友達の背にそんなものが生えているのか疑問に思ったのは随分後だった。

 今はもう見たところで驚きはしない。背中に生やしているのが友達だけではないと、この四年で知った。サラリーマンや女子高生、時にはお婆さん。

 よく見ていると単子葉だけではない。双葉が生えている人もいれば、蕾をつけた人、そして本当に時々しか見ないのだが花を背負っている人もいる。

 大きさもまちまちで、背中が隠れるほど大きい人もいれば一円玉サイズのものまである。

 一度触ってみた。しかし触れた部分が瞬時にして腐ってしまったので、以来触らぬようにしている。ところが生えていない人を探す方が困難なくらいに背負っている人間が多く、雑踏に紛れてしまえば彼女は自然と触れざるを得ない。そして腐り落ちる。

 いつの間にか生えていること自体に疑問を持つことはなくなり、あれは本物の植物なのかと思った。

 常識で考えればありえないことだが、あまりにも非常識が目の前をちらつくので、少しぐらい非常識なことも許される気がしたのだ。

 その一方であれが本物なら環境保護に随分と貢献しているな、などとテレビの入れ知恵を頭の中で反芻する。

 光合成だっけ。二酸化炭素を吸って酸素を吐いて。ああ、光も必要なんだよね。太陽の光。だとしたらあの人たちは皆、昼間はずっと外に出ないといけないのかしら。それで酸素を作り歩くのね。

 そこまで考えて自分の想像力の貧相さに苦笑する。もっと本を読むべきだな。そうしたらあの芽や蕾で想像を膨らませて楽しめる。

 あれ、でも。

 おかしいな。近所のお爺さんが蕾を背負っているけどなかなか咲かない。一日二回は散歩しているし、縁側で日向ぼっこしているのも見る。お爺さんに蕾があると気付いたのは小六の時。いくらなんでも遅い。

 早い人は一週間ほどで咲く。テレビで見る芸能人の中にもそんな人間がいたが、すぐに咲き、しばらくしたら枯れていた。種をつける人もいるのだが。

 枯れた人は最近見ない。テレビにも雑誌にも、名前すらあがらない。

 そう、枯れた人はそれからすぐのように自殺したのだった。

 肌が粟立つのを感じた。

 自殺。枯れてしまったからだろうか。栄養が足りなかったから、ちゃんと育てなかったから──光にあてなかったから。

 光?太陽の?あれが本物の植物なら太陽の光は有効だ。だけど人間、太陽の光を浴びないで過ごすなど不可能に近い。窓に目張りをするとか、暗幕を張るとか、それでも足りない。

 光。なんだろう。何の光だろう。

 それから注意深く観察するようになった。すると意外に多いことに愕然とする。

 咲き、枯れたと確認してから一週間も経たぬ内に、彼等は死亡するのである。自殺であったり病気であったり。不思議と事故が原因というのは少なく──もっとも彼女の目に入る範囲のものであるから、定かではない。

 それでも枯れた人は確実に死ぬ。種を残す人はそれなりに生きるというのに。

 彼等の違いがわかったのは、高校を卒業し就職しようかというところだった。

 光、足りないのは光だ。けれどそれはもう、光と呼べる代物ではないことを彼女は理解していた。

 罪悪なんだ。

 あの芽や蕾は罪悪の光を浴びて成長する。真に罪悪に手を染めた者の蕾は花を咲かせ種をつけ、新たな罪悪の種を蒔く。

 しかし、罪悪の光を浴びきれなかった者の蕾は花を咲かせた後に枯れる。まるで必要ないとでも言うかのごとく、呆気なく世界から切り離される。

 彼女は恐れるようになり、目についた芽には出来るだけ触れて腐らせた。蕾になってしまえばもう遅い。あとは祈るしかない。

 しかしどちらを。

 罪悪を浴びて光合成をし、新たな罪悪の種をつけ、宿主が生きることか。

 罪悪を拒み、新たな罪悪を生むことなく枯れ、宿主が死ぬことか。

 見えてしまった彼女は祈るしかない。どちらに転んでも自分の所為ではないと言い聞かせ、自分の背中を気にする。どんなに小さな罪悪でも芽は育ちかねない。芽は芽のままでなくてはならない。

 見えることを呪うのはとうにやめた。呪ったところで見えなくなるわけではないし、芽はいつでもそこに存在する。

 ただ時々、じっと誰かの背中を凝視している他人を見るとほっとする。たまに視線があうと苦笑を交わし、中には説明を求めてくる者もいる。

 なんですか、あれ。なんであんなものが背中にあるんです。

 うん、不思議。芽を見たら出来るだけ触ってあげて。そうしたら腐って落ちるから。でも蕾を見たらただ祈ってあげて。それはもう手遅れなのよ。

 手遅れ?

 なにも出来ないって意味。

 そうして彼女は彼等の背中をポン、と叩く。腐った芽が落ちていく。見えるからといって特別ではない。彼女もまた例外ではなく、より多くの同士に出会うことで自分の身も守っている。



 夕暮れの帰路。開かれた縁側。賑やかなテレビの声。

 やあ、おかえりなさい。綺麗な夕焼けだね。

 こんにちは。そうですね。でもそろそろ冷えてくるから風邪ひかないようにして下さいね。

 幸か不幸か、あのお爺さんはまだ生きることが出来ていた。

 背中に咲いた大輪の花は、今も光合成を続けているのだろう。



終り


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