001.雪待ち
雪を、待っていた。
白い、真白な雪を。
冷たく、清らな雪を。
重く、陰の無い雪を。
全てを包む、雪を。
雪を、待っていた。
降り始めの雪はふわりと柔らかい。
ふ、と裸足に触れて一瞬で溶ける。
外で雪を待って小一時間経つが、数分前に降り出した雪は小さく頼りない。
着物の裾からのぞく足は赤く、感覚が消えたのはいつ頃だったか、忘れてしまった。
──もっと。
もっと、降ると良い。
家も木々も石燈籠も、人の陰すら消えてしまうほどに。
──母さんと父さん、帰ってこれるかしら。
風邪をひいた母さんについて、町の病院に行った父さん。
雪は段々と増えていく。
──やまないと、良い。
両親が帰って来ることを祈る反面、帰路を邪魔するであろう雪を願う。
──兄さん。
雪が大好きな兄さん。
猫が大好きな兄さん。
本が大好きな兄さん。
騒音が大嫌いな兄さん。
本を読む邪魔だと、近所で遊ぶ子供達に水をかけていた。
猫が好きだから、いじめる人を殴ったこともあった。
雪が好きだから、積もる様子を見たいから松を植えた。
胸の所で祈る様に指を組んだ手を、息を吹きかけて暖める。
氷が溶ける様に、手を縛っていた冷たさがほどけていくが、すぐにじわりと底から冷えていく。
組んでいた指を解くと、ぱりぱりと音がした。
──手。
掌も指も、爪の間までも赤黒く染まっている。
雪が落としてくれるかと掌を擦り合わせてみるが、欠片の様なものが溢れ落ちるだけだ。
──そうだ、服も。
視線を落とせば、胸元から膝まで──あるいは顔すらも、赤黒く染まっている。
──もっと、雪が。
降ると良い。
もっと。
もっと。
全てを隠す様に。
松もわたしも隠れる様に。
──雪を、待っていた。
全てを隠す、白く清らな雪を。
わたしが刺した兄さんも隠す雪を。
真っ赤な庭を、真っ白に。
──兄さん、松が綺麗だよ。
あなたが大嫌いな妹が、あなたを一番綺麗にします。
だから兄さん。
もうぶたないで。
雪を、待っていた。
──あなたを隠す為に。
終り
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