076.特等席(4)


「その運び屋さんに貰いに行ってもらってますよ」

「……どうやら噂になっているようなので、戻ってきましたよ。神さま」

 大きなホースを肩に担いて引きずり、運び屋が木立を縫うようにして現れた。枯れた噴水にホースの口を置く。

「……トラックから伸ばしてきてんの?」

「さすがに満タンの貯水タンクなんか運んでこれないよー。いやあ、今日び綺麗な水なんて高級品の域だから、苦労して雨水をかき集めてきたんだからね」

 ホースの口の栓を開けると、水が一気に流れ出す。涼やかな音と、水の匂いが心地よかった。

「タクミくんも頑張ったねえ」

「褒めたって何も出さねえぞ。これはあんたの完全ボランティアってことで」

「……神さまへの供物と思えば気も紛れるかなあ」

 神さまは満足げに噴水に満たされていく水を眺める。ある程度かさが増してくると、陽光を透かして底に綺麗な模様を作り出した。

「ぼくはこういう特等席の方が好きだ」

「……まだ引きずってんの」

「なになに、何の話ですか?」

「噴水の特等席はここだろう、とタクミくんと見当をつけていた」

「まあ、この時間帯ならそうですねえ。夜ともなれば、月が浮かびますよきっと」

「うむ。庭の椅子に勝るとも劣らぬ特等席が出来たな。いい働きをしたな、タクミくん」

「……はいはい」

「ところで、この水はいつまで出っぱなしなんだ?」

「大量に集めてきたので、いつまでも出てきますよ。ちなみにこの噴水の循環機は使い物にならないので、水の入れ替えは手動でお願いします」

「今もその必要があるように思うのだが」

 神さまは水をすくう。ホースはその勢いを止めず、水を吐き出し続けていた。運び屋もその隣に並ぶ。

「あーまずいですね。溢れますよ、神さま」

「手動というのは?」

「バケツリレーです。ですが、間に合いませんね」

「ほう」

「……二人して突っ立ってねえで、水を止める方法を考えろ!!」

 二人が動き出す間もなく、特等席は一瞬にして水浸しになり、三人は仲良くびしょ濡れとなった。



終り

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