074.迷路(1)
神さまは時々、思いつきで行動する。運び屋も同じように思いつきで行動するが、神さまの突拍子もなさといったら、運び屋ですら敵わない。
「迷路、ですか」
「マキくんから教えてもらった。この庭はまるで迷路のようだと」
「しかし、僕のように慣れてしまえば、ある程度の範囲なら道もわかりますよ」
「うむ、だから少し手を加えてみた」
「神さまが?それは珍しい。それでこの大作なんですねえ」
ある日、運び屋が庭に訪れてみると、いつもの風景が一変して緑色の迷路へ取って代わっていた。自生していた木々を壁に見立て、それでも空いてしまう隙間にはどこから生やしてきたのかわからない垣根で埋めてある。きちんと手入れされた物の足元にも及ばない雑さだが、難易度では最高位を貰えるはずだ。
何せ、ここは神さまの庭なのだから。
「マキちゃんも手伝ったんですか?」
「彼女にも手伝ってもらった。だが……」
「あ、その声は運び屋さんですね。こんにちはー」
迷路の向こうからマキの声だけが聞こえる。
「ご覧の通り、作っていくうちに彼女の方が迷ってしまった」
「はあ」
「ぼくが作った部分を彼女が創意工夫し、もちろんその逆もある。だからはっきり言って、ぼくにも彼女にも出口はわからない」
「それは迷路というより監獄だと思います、神さま」
「ふむ。昔、どこかでそのようにして化け物を閉じ込めた話があったな」
「ミノタウロスの伝説ですね。あちらの話では糸を持って歩き、帰る時にはその糸を手繰って帰ったそうですよ。このままではマキちゃんも不憫ですし、やってみましょう」
「お願いしますー」
運び屋は即座に、荷物を積んだトラックからロープを持って戻ってくる。
「……お前は運び屋をやるよりも、何でも屋を営んだ方が向いているような気がするんだが」
「神さまも商売に明るくなってきましたねえ。まあまあ、その話は後にして、とりあえず一緒に歩きましょう。はぐれないで下さいね」
ロープの一端を入り口付近の木にくくり、ロープの塊を持って運び屋は神さまと共に迷路に入った。
外見以上に中は上手く出来ており、壁もどきの垣根や木から枝が飛び出している以外は真っ当な迷路の様相を呈していた。ただし、道は狭い。
「一人で楽しむ用の迷路ですね」
「迷路とは複数で楽しむものなのか?」
「まあ人によるでしょうが。一人が楽しいという人と、皆と一緒が楽しいという人がいますからねえ」
「ほう。次に作る時にはその点を一考した方が良さそうだな」
「その時はあらかじめ僕にも言って下さいね、神さま。門を開けたらいきなり迷路というのも、それなりにびっくりするんです」
「わかった。……ところで運び屋、さっきからお前の姿が見えないんだが」
「え?」
運び屋が後ろを振り向くと、後について来ているはずの神さまがいない。辺りを見回しても迫り来る緑の壁ばかりで、神さまの影さえ見えなかった。
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