エダの花火




 溜め息をつきながら言うシュリに、エダはそれ以上の反論をすることをやめて言葉を飲み込んだ。
 こういう人もいるのだという虚勢で彩った寛容さに、口の中が苦くなった。



 ひと月越えて、再び戦争がやってくる。月に一度の大仕事の時以外は勉強と称して本や芸術に触れたり、対戦国ながら雑務を手伝ったりと、ほとんどが小間使いのような毎日だ。もちろん敵情視察も忘れないが、向こうとて対策は万全である。鑑火師の面々はあっさり見切りをつけて、思い出したように花火師の周辺をうろつくだけだった。故郷だってきっとそんなもんだから、というのがファロの言い分である。
 随分とのんびりした戦争だな、とエダは思った。かつては思わなかったのだが、先だってのシュリとの会話がどうしても忘れられず、胸の奥に大きなしこりとなって残っている。
「……なんだよ、具合悪いのか?」
 見晴らしのいい丘の上で鑑定の準備をしながらファロが問うた。常に一定の場所での鑑定を求められる鑑火師たちだけが使える場所であり、外部から圧力を受けぬようにと対戦国の兵士が周囲を固めている。初めは緊張したが、向こうも職務とあってこちらには関わらないようにしているようだし、そう思えば気楽なものだった。
「いや、悪くはないんだけどさ……」
「歯切れの悪い言い方すんなよ。今日はいい天気で風も出てる。この前の雪辱を晴らさないと」
 ファロの言葉に、周囲で思い思いに陣取っていた同僚たちが呼応する。エダもあまり気乗りしない様子で応じながら採点票を見た時、ふっと自分だけ時間が止まったような気がした。
 そんなエダを一瞬の牢獄から解放するかの如く、震えて響く笛のような音が空に木霊する。
「くるぞ」
 エダは顔をあげた。
 全身を打つ凄まじい轟音と共に、夜空へ花が咲く。薄青色の燐光を伴った小さな花々が咲いては散り、青白い星を瞬かせる。消える間際にふわりと広がる琥珀色の光彩は辺りを柔らかな光の中に引き込み、間髪入れずに再び薄青色の花が咲き乱れた。
 しかし、その静かな演目に対し、エダの周囲から動揺に似たさざめきが広がる。
「……しかけが少なくないか?」
 花火はそれを繰り返すだけであった。一発の花火に組めるしかけは限りがあるが、それにしても少なすぎる。これでは火薬の花火と大差なく、花火師が間違えたのではという囁きも聞こえた。だが、エダだけがそんなことはないと断言出来た。
 月の光に添うようにして広がる薄青色の花々は瞬間的な彩を謳歌しては消え、見上げる人々を微かな不安の淵に立たせる。それは今まで忘れてはいたが、心のどこかにこびりついて離れなかったものが芽吹いたような感覚だった。
 そして「これで最後」とでも言うかのように、ぽっかり浮かぶ月も空の大半も埋め尽くす大輪の白い花が咲いた時、甲高い鳥の声が轟音の余韻を切り裂いた。
 誰もが思わず耳を塞ぐが、エダだけが茫然と花火の終焉を見つめていた。
 頭の中でシュリとの会話がずっと木霊している。存外、頭の中にだけあるものの方がよっぽど綺麗だったりするもんだ。彼女の低い声がエダの中で響くごとに心臓が大きく脈打ち、背骨の裏側をそっと冷たい手がなでる。
 採点票にあった今日の種は、もはや読み間違いとは言えなかった。
「……エダ?」
 耳を押さえたまま、ファロは静かな様子の同僚を窺おうと見上げて言葉を飲んだ。
 花火の残滓を逃すまいと、夜空を注視するエダの両目から涙が細い筋を作って流れ落ちる。子供が無心に見つめる時と同じ顔で涙を流すエダは、自身が泣いていることにすら気づいていなかった。
 ただ、頭の奥が痛い。言葉にしきれなかったものが涙となって溢れることを求めていた。
 甲高い鳥の声は悲鳴にも似て、打ち上げられた花火に生々しい印象を与える。静かに咲くだけだった花火は見上げる人々に命の顛末を強く刻み込んだ。
 やがて、風が花火の名残を押し流していく。その行く先までもずっと、エダは見つめ続けていた。
 吹く風が涙の跡を乾かすまで、エダが自分の見つめ続けていたものの正体を知るまで、ずっと。



エダの花火 完

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