エダの花火




 名をシュリと言い、今年で五十ほどになる。エダたち鑑火師専任の医師だが、つい先日引退したばかりだった。無論、彼女も敵国の人間ではあるが、こうしてたまにエダの話し相手になってくれる。敵地においてエダが足しげく通う場所の一つだった。
「そりゃ、先生は医者だから」
「あんたは死人を生き返らせられるのかい?」
「……出来ないけど」
「そういうことだよ。魔法使いがもっといりゃ話は別だったろうが、いたらいたで今も殺し合いが続いていたかもしれないね」
 魔法使いの出生率は極めて低い。遺伝などで生まれるものでもないため、数年続きで生まれないということもある。
「僕はもっと建設的な方に傾くと思う」
「なら花火師たちにそう言っておやり。意味があるかどうかはともかくね」
「またそう言う……遠くの国では僕たちの戦争のことを、祭って言うんだってさ。そういう結果を辿ったかもしれないよ」
「今だって馬鹿騒ぎに近いだろ。日常を離れて騒ぎたいだけの奴らには、戦争も祭も一緒だよ。自分の周りで血が流れるか流れないかだけの違いだ」
 エダは顔をしかめた。
「……その言い方は嫌だな」
「あんたの仕事を侮辱したみたいでかい?」
「まあ、うん……」
 頬杖をついていた手をおろし、腕を伸ばす。
「僕は花火が綺麗なものだと思う。戦争の道具だとしてもやっぱり綺麗だし、人の耳目を楽しませた上で勝敗を決めようっていう考え方はいいと思っている。血も流れないし、沢山の人が死ぬよりはずっといいとは思わない?」
「……別にあんたの感性を悪く言うつもりはないよ。ただ、それなら人を材料にする理由は何だね? 楽しませることを根拠にするなら、私は火薬の花火も充分綺麗に見えるんだよ」
「それは、本の中でしか語られなかった魂や命の美しさをもっとよく見せるためだ。命の脆さを互いに見せつけて勝敗を決めるよりは、その美しさを見せつける方がよっぽど建設的じゃないか」
 そう言いながらも、エダは自分の言葉にうすら寒いものを感じた。口にした言葉が、言葉ほどの力を備えていないような気がする。美しいなど女性にすら言ったことがないのに、連呼して使えば使うほど言葉の重みが羽根ほどにうすっぺらになっていく。
「私は本だけで満足だね。それ以上のものを見たいと思ったら布団に横になって、夢でも楽しみにするよ。……存外、頭の中にだけあるものの方がよっぽど綺麗だったりするもんだ。外に出していないだけ余計にね」

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