れんげ草




「岸本って、中学の時美術部入ってたんだよね。佐野も一緒だったって聞いたよ、本人から」
 佐野、という名前が、洋子との会話で忘れようとしていた自らの卑小さを思い出させる。
 拍動が大きくなるのを耳奥でとらえながらも、勇人はそれを顔に出さないようにした。
「一緒だよ。ただし、あっちは優良部員で、こっちは不良」
「ああ、そうそう。ほとんど出なかったんだってね。展覧会に出品する時だけ描いたって。上手いの?」
「あいつの方が上手だよ。花ばっか描いてたけど」
「ふうん。見たかったなあ。どっちも高校では美術部入ってないでしょう?見れなくて残念だわ」
「洋子さんは絵、好きなの?」
 うーん、と唸りながら帰り支度を済ませ、勇人の近くの席まで歩いてきて、机に寄りかかる。
「好きかな。写真の方がもっと好きだけど。ただ、岸本も佐野も絵描いてる様子なんて想像出来ないから、それで見てみたいってのもあるけどね」
「ひどいなあ」
 軽口をたたきながら、ちゃんと笑顔になっているだろうかと不安になる。
 洋子は本当に人をよく見る。他人なら気付かない些細な変化まで見逃さない。それが時々、怖くなる。
 今は、彼女に気付いてほしくはなかった。出来れば、このまま帰ってほしい。そうしたら、勇人はこれ以上自分の嫌なところを見ずに済む。
「ところでさ」
 洋子は自分の腕時計と、教室の時計を見ながら口を開いた。
 時刻は四時半にさしかかろうとしている。
「佐野の見送り、行かなくて良かったの?」
 洋子は真正面から勇人を見据えた。やっぱり、彼女は人をよく見る。見なくてもいい時にまで。だから、勇人は彼女が親友で良かったと思うのだ。
 勇人は苦笑して顔をあげた。
「知ってたの?」
「私だってクラス委員だもの。担任から聞かされたよ。だから、それでさっき驚いたのもあるんだ。ああ、行かなかったんだなって」
 勇人も教室の時計を見上げる。自分の卑小さも、意気地のなさも、時間の経過と共に薄れるはずだった。
 それを洋子がほじくり返したのは、つまり、忘れるなという親友なりの忠告なのだろう。
「行かなくて良かったの?」
「行きたかったけどね」
 閉じた携帯を一瞬だけ見る。
「何か、怖くて」

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