れんげ草




 体を起こした勇人へ、洋子は「なかったよ」と答えた。
「ドアは閉まってたし、音もしないしさ。誰もいないのかと思ったら、いきなりそこに人がいるんだもん。お化けかと思った」
「学校の七不思議とか信じるの?洋子さんは」
「怖い話は好きだけど、信じるのとは違うかなあ。でも知ってる?この教室って出るって話」
 知ってるよ、と勇人は答える。
「四時四十四分にこの教室の窓を見ると、上から人が降ってくるってやつでしょ」
「眉唾ものだけど、人が降るっていうのが何かね。ただお化けが出るっていうならいいんだけど、誰かが死ぬ瞬間を見ることになるってグロテスクじゃない?」
「お化けが出るならいいって、洋子さんらしいな」
 話しながら、勇人はさっきまでの気持ちが晴れていくのを感じた。洋子のはきはきとした話し方は女の子にしてはざっくばらんすぎたが、その少女らしからぬ言動が勇人は好きだった。
 洋子は頭がいい。それは学問的な意味でも、人間的な意味でもそうだった。話す時には言葉をよく選ぶし、自分を律する術を知っている。だからといって他人とむやみに距離を置くことも、馴れ馴れしくすることもしない。人との適度な距離の取り方を知っている人だと見る一方、この年代でそれが出来てしまうのは寂しいだろうなと、勇人は思っていた。
 勇人は自他共に認めるフェミニストである。だからどんな相手であれ女性には優しくするべきだと思うし、それで彼女たちが喜んでくれるのは素直に嬉しかった。そこに下世話な他意は本当にない。ただ、勇人の性格を上手く汲み取ってくれない相手もいることは確かで、その度に自分の態度に自信をなくすのだ。
 しかし、洋子にはそれがない。洋子にも勇人は同じように優しさを以て接するが、彼女から返ってくるのは、いつも「ありがとう」のただ一言だけだった。それが、勇人に一番の誉れを与えてくれると洋子は知っているのだろう。
 だから、彼女は頭がいいと思う。人のことを本当によく見ている。そして、それが苦にならない稀な人間だ。
「委員会?」
 洋子は帰宅部である。こんな時間にまで残っているとなると、クラス委員の仕事ぐらいだろう。案の定、洋子は頷いた。
「そう。そしたらこんな遅くなっちゃって。早く帰りたかったのに」
「洋子さんって特に部活は入ってないよね」
「岸本と一緒。特に興味のある部活がなかったから。お互い、殺風景な理由だよね」
 でも、と言って、カバンを閉じながら洋子は勇人を見る。

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