番外編 風来る



「これも?」
「いえ、それは僕からです。侍女たちが自分たちのために、余り物で茶菓子をこっそり作っているようでして、それを少し失敬しました。日持ちしますので、皆さんでどうぞ」
「……王様の側近にしとくにゃ、勿体ないくらいの気遣いだなあ……」
 にしても、とバーンは笑う。
「そういうことが出来るくらいには、ここも随分穏やかになったってことか」
「陛下がご帰還なされてから、家臣の腐敗を一掃しましたからね。お陰で人手も随分と少なくなってしまいましたが。正式なご客人として、アスラード様共々、いずれは安心してお越し頂けるよう僕も頑張ります」
「期待してるよ」
 そう言い、バーンは手を挙げて辞去を告げた。しばらく歩いて後、振り返ってみると一礼したラバルドが裏門を閉めるところで、バーンの姿を認めてもう一度礼をする。嫌味も無理もない礼儀正しさは、バーンにも心地よいものだった。土産も、土産話もしっかり懐に抱き、裏門からの道に繋いでおいた馬に跨って腹を蹴る。
 馬を駆ったバーンは来た道を帰りつつ、どうせだからとグラミリオンの海を一望出来る方向を選択する。今、住んでいる場所からここまでは、一日かけて往復するには無理のある距離だった。どうせどこかに宿を見つける必要があるのだ。来たついでに新たな情報を仕入れるのもいいだろう。
 相変わらずのどんよりとした空を頭上に頂きながら、リファムを出て、グラミリオンと多民族国家の国境近くの道を取る。往来の多かった道は段々と人の数が少なくなり、潮の匂いが微かに漂い始めた頃にはその道を行くのはバーン一人であった。元は多民族国家とグラミリオンを繋ぐ街道の一つだったが、大きな街道が内陸に新たに作られたため、途中、崖道となるこちらの道を行く者は少ない。お陰で旅人や商人狙いの山賊たちもその為に仕事場を変え、狙われる心配もなかった。
 馬の蹄の音をのんびりと聞きつつ、微かな轍が残る道を進むと、前方で視界が開けた。
 すると、崖道となったそこには青空が広がっており、妙に重苦しかった風も涼しく心地よい。海は空の色を映しこんで青く輝くが、白波が風の強さを物語っていた。
 とりあえずは雨の心配はなさそうだ、とバーンは安堵の息を吐き、海の彼方を眺めやる。どうやらこちらを覆っていた雲は海の方へと流れ去ったらしい。遥か彼方で暗い雲が海に影を落とし、けぶった風景から察するに激しい雨を降らせているのだろう。
 その更に向こうには、ネドファリアがある。
──さて、どう転ぶものか。
 国同士の戦争に進んで関わりたいとは思わない。ただ、今ある穏やかな生活を奪うものに対しては抵抗する。そのためには流れを読み、しかしながら出来る限り戦闘を避ける必要があった。
 アスには過去、『時の神子』として顕現した時の立場に、そしてライには異能の力に利用価値がある。それらは国が乱れれば乱れるほど、絶対的な力として求められるものだ。
 友人として、それを見過ごすことはバーンには無理な話だった。
──求められて傷つき、泣く姿を見てしまっては。
 バーンは手綱を持つ手をおろし、大人しく命令を待つ馬の上で片膝を立て、その上に腕と顎を乗せて海を眺める。
「結構、難儀な性格してるよなあオレも」
 そうぽつりと言葉を落とした時、海の彼方、豪雨でけぶる風景に小さな船の姿を認めて顔を上げた。ここからでは小さく見えるものの、近くに寄ればかなり大きい船であることは間違いない。雨に立ち往生しているというよりは、立ち止まって雨をやり過ごしているように見えた。あの辺りにいるとなると商船の類だろうが、それにしても随分と大きい。
 こちらに向かっているのか、それともどこか別の地を目指しているのか。
 バーンは上げた顔を腕の上に戻し、困ったように笑って呟いた。
「……風来るってやつかね」
 暗雲はしばらく雨を降らせた後、少しばかり雲の厚さを薄くしながら、また海の彼方へと流れていく。その雨をやり過ごした小さな船影はしずしずと、波間を滑るようにこちらへと進んできた。
 そのどちらも、いずれ来るかもしれない現実からの使者に見える。
 バーンはしばらくの間、海風にあおられるまま、その場で二つの使者を見守り続けた。



終り

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