番外編 風来る



 犬、と形容する言葉の響きには厳しいものが含まれていた。バーンが思わず言葉を飲み込んでラバルドの後ろ姿を見つめていることに気付いたのか、ラバルドは振り返り、苦笑した。
「申し訳ありません。お客様の前で申し上げることではなかったですね」
「……あんたの口からそんな辛辣な言葉が出てくるとは思わなかった」
「そうですか?」
 そう言うと、ラバルドは隠していた左目を見せる。バーンは顔をしかめて、その傷を見た。
「……王城勤めの文官にしちゃ、随分と立派なもんだな」
 左目を縦断するようにつけられた傷は頬にまで達し、既に完治してはいるものの、引きつれを起こした傷は深く、おそらくはそれ以上治ることはないという現実を見せつける。
 平和な一般人とはかけ離れた生活をしてきたバーンには馴染み深い姿だが、それを王城に勤める人間に見るとは思いも寄らない。
「陛下や将軍もそう仰います。これは、先ほど申し上げた「犬」につけられたものですよ」
 バーンは嘆息と共に答える。
「王城も山賊と変わりねえじゃねえか。武器持って仕事してんのかよ」
「真っ当な文官であれば、手に持つのは剣ではなく紙とペンで済むはずなのですがね。僕が彼らにとって厄介な動きをしたので、この傷を頂くことになったのです」
 ラバルドは前を向き、歩き始めた。
「我々が仕え、お守りすべきは陛下であり民であるはずなのに、その犬は自分を守ることが勤めと履き違えていたようです。刃傷沙汰になる前に、自分で事を治めることの出来なかった己にも責はありますが」
「……それは王様があんたに言ったこと?」
 バーンが明後日の方を向きながら言うと、ラバルドは少し息を飲んで微かに振り返った。 
 そして、微笑む。
「陛下があなたを信頼なさる理由が、少しわかったような気がします」
 バーンが言葉を返せないでいると、ラバルドは再び前へ向き直った。
「そして僕はやはり、まだ陛下の信頼を得るに足らないのですね」
 辛辣な言葉を放ったかと思えば、自らへ思い至り厳しく戒めて落ち込む。こんな感情の起伏を、きっとベリオルは見せなかっただろう。
 バーンはなんとなしに尋ねてみた。
「あんた、何で王様に仕えようと思ってみたの?」
 ラバルドは振り返らず、しばらく沈黙を保った後に答えた。
「陛下は、僕のやり方が気に入らないと仰いました。だからこんな傷を負う羽目になったのだと」
「慰めてんだか、貶してんだか……」

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