番外編 風来る



 何か言えば何かしら返ってきて、何かすれば何かしらの反応を見せる。ほとんど犬のような面白さだが、イークがラバルドをベリオルの後継として雇ったのはその面白さだけではない。やはりこれも犬のようだが、こうと決めたことを譲らない頑固さと素直さ、ついでに剣の腕のなさもイークは気に入っていた。
 例え目上の者であっても承服しかねることには意見を述べるが、基本的に争いごとが苦手な性分なため、どこかおどおどとした空気がつきまとう。それなのに頑固な性格が災いして、言わずにはおれない、何かせずにはいられない、だから良からぬことを図る人間には邪魔で仕方ない。
 剣の腕はイークの傍仕えになるにしては何とも頼りないもので、その腕のなさと行動が災いしてか、争いごとの苦手なラバルドが前髪を伸ばして隠している左目には、剣で切り付けられた傷が大きく縦断している。彼が文官として王城で働くようになって数年経った頃、疎ましく思った者が人を雇い、ラバルドを襲わせたということは、イークもその事件を処理した手前知っていた。
 ラバルドにもそういった事件を呼び込んだ責があるとして、文官から書庫の管理の方へと異動させた。それもやはり数年前に片づけた案件で、イーク自身、ラバルドの事などそれ以降すっかり忘れていたのである。
 しかし、騒乱の後、ベリオルの空席を埋めるべく、人を探した時、不意にラバルドのことが思い出されたのだった。
 気弱そうながらも、淡い金の髪の向こうには強い意志を秘めた黒い瞳と、その意志の為に得る羽目となった大きな傷がある。
 これ以上面白い人間もいない、と書庫から傍付きにまで拾い上げ、ひとまずは見習いとして他の高官たちと共に働きつつ、豪胆不遜、イークに近い人間に言わせれば横暴な王の言動に振り回されること二か月、ラバルドはこの職務に慣れてきたようだった。
「いいえ、言わせていただきます。書類が溜まって仕方がないと仰るのならば、どうぞ大人しく席についていただき、一つ一つ書類をお片付けになって下さい。そうしていただければこちらも助かります」
「これでも大人しく仕事をしている方なのだがな」
「それでは陛下の「大人しい」という言葉への解釈を、改めていただく必要があります」
「お前の解釈を改めるつもりはないのか?」
「僕の方が一般常識に近いという自負がありますので。……さあ、どうぞ」
 ラバルドは腕一杯に抱えた紙束を整えることもせず、どっさりとイークの前に置いた。元は書類の内容によって種類分けしてあったものだが、そうしないのはラバルドなりの反抗である。
 しかし、イークは動じることもせず、頬杖を解いて背もたれにゆったりと体を預けた。
「自負は現実への正しい客観を曇らせる」
「アスラード様が城をお出になったからといって、僕にあたるのは正しい客観とは言えませんよ」
 ラバルドの言葉に、イークは一瞬、表情を曇らせる。

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