第二十九章 彼らの冬
「……俺もそう思うよ。我々は賢者だが、それ以上に一個人でもある。その一個人として、お前やお前に連なる人々に出会えたことを覚えておくよ。……思い出としてね」
最後の方では女の表情に戻り、片目を閉じて愛嬌のある顔を作り出す。
ふ、と笑って返したアスの顔を照らし、小さな花火が上がった。どうやら祭典用にと蓄えてあった花火を見つけた者がいるらしい。酔いに任せてやった類だろうが、低い音を轟かせて夜空に広がる大輪の花は、沢山のことに疲れた人々の顔を平等に照らし出した。
これからが大変だということはわかっている。だからこそ、今この時を生きている喜びを噛み締めねばならない──次々と花開く花火の中にはそんな思いが込められているかのようだ。
リリクやオッドと共にそれを見つめていたアスは、かつてないほど穏やかな気持ちに包まれていた。
──大丈夫、彼らなら。
花火を見上げるライの顔も見つけて、希望を確信に変える。
彼らなら、まだある時間を味方につけ、数多ある可能性を見出すことが出来る。
──それなら、もう必要はない。
この地に予言書も『時の神子』の伝説も、もういらないだろう。
二十九章 終り
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