第二十三章 麦の穂
ノック音の後に答える声があり、扉を開いて中に入る。
すると、強い風が髪をさらった。部屋中の窓を開け放しているらしく、カーテンが大きく膨らんでいる。
その向こう、右手を包帯で巻いたロアーナは体を起こし、入室したアスを鋭い瞳で見据えていた。
「何の用」
冷たい声にかつてのような暖かさはない。もっとも、アスが知るロアーナなどほんの一部でしかないが、印象として本来は優しい気質の人間なのだと感じていた。
──だから折れてしまった。
直しようもなく、粉々に。
「入ってもいい?」
「椅子は勧めないわよ」
これには答えず、アスはベッドの横に立つ。
「……寒くないの」
昼間とは言え、涼しい風が大量に吹き込めばさすがに寒さを感じる。盛大に膨らむカーテンを見ながらぽつりと呟くと、ロアーナは素っ気ない態度で答えた。
「別に。外に出れる体じゃないもの、少しは風を感じたいと思ったっていいでしょう」
「……そうだね」
自分で椅子を引き寄せて座るアスに、いくらかぎょっとしたようにロアーナは目を見開いた。
「……なんのつもりよ」
「今日でないとロアーナと話せないだろうから」
「私は話したくない」
「私は話したいから、聞いてくれるだけでいいよ」
無言が答える。
アスは視線を反らしたロアーナの顔を見て、静かな口調で話し始めた。
「許しを請いに来たわけじゃない。ただ、皆があなたを心配してるって言いたかった」
白っぽい色のカーテンが陽光を反射し、白く輝いた。光と影が室内で踊る。
「だから辛くても一人で歩こうとしないでくれ」
いつか、ジルにも言われた言葉を自分が口にすることになろうとは。不思議なものだなと、アスは内心で苦笑した。
「偽善ぶった話は嫌いよ。それとも懺悔のつもり?」
ぎすぎすした物言いに、内心でしていた苦笑を面に出す。
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