第二十三章 麦の穂



 イークはその甘さを見抜いている。ライには何か──それがアスであるか何であるかは定かでないにしろ──に立ち向かうだけの決意がない。だから、今もこうして同じ傷を持つであろうロアーナの側にいて、自分の傷を舐めている。

 これはロアーナの為ではない、自分が傷つかない為だ。

「……偽善者か」

 わかっているからこそ自分に腹が立つ。しかし怒りを抱いたところでどうするべきかがわからない。

 アスが大事だと思ったあの瞬間に見つけた道は、まやかしだったのだろうか。故郷を襲った津波がアスの所為だと知り、怒りと憎しみが込み上げるのを堪えきれなかった。

 気持ちが落ち着いた今では、それが本当にアスの所為だとは思わない。あの時の自分たちは何も知らなかった。無知を逃げ道にするわけでないにしろ、起こるべくして起こった事柄の責を問う権利はライにはない。

 なのに、アスの顔を見ると言葉が出ない。

──罪悪だ。

 自分はアスに罪悪感を抱いている。

 歩くべき道を見つけられたのは、その罪悪から目を反らしていたからだ。

 息苦しく感じたライは窓を開けようと立つ。城の正面に位置するこの部屋からは、暗い海よろしく波打つ丘が目に入る。冴えた月明かりがその起伏を照らし出し、絵画のような様相を呈していた。

 夜も深まり、城内はもとより外界も静かな眠りに包まれている。夜行性の虫や鳥の鳴き声が聞こえる以外では、木の葉がこすれあう音しかしない。

 冷たい風に髪を任せていた時、ふと、木々の囁き声のリズムを狂わす音が耳に届いた。それは木の葉がこすれる音とは違い、何者かが意志を持って地を踏みしめる音である。

 誰か、と思って姿を見定めようとした時、その人物が城を振り返った。思わず身を隠したライだが、その瞬間に見えた顔に驚き、確かめる気持ちで再び顔を覗かせる。

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