第十九章 ただいま
淡々と話す姿には揺らぐ感情を透かし見ることはなく、言葉そのままに覚悟という名の準備が整ったことを思わせた。
オッドは思わずこぼれそうになる笑みをおさえ、どうにか静かに笑った。
「戦う覚悟の出来ている者、時はそういう者に味方する」
「……出来るかな?」
そう尋ねた声は震えている。隠そうとしていたアスの恐怖が垣間見えた瞬間だった。
オッドは大丈夫、と心の中で大きく頷く。恐怖の在り処を知っているのなら、この先どんなことがあっても彼女はその恐怖に打ち勝てる。怖い物がないことが強いのではなく、恐怖が何であるかを知った者にこそ強さは与えられるものだ。
「出来る。今のそなたには沢山の記憶と思い出があり、その中で人々は微笑んでそなたを支えてくれる。それを大事にしなさい」
そして、と囁くように呟く。
「出来ることならいつか、その笑顔の中にアルフィニオスも一緒にいさせておくれ」
驚いたように目を見開いたアスの目から、大粒の涙が溢れ出した。それはどんなに拭っても止まることを知らず、初めは自分でもその涙の意味がわからなかったアスは、やがて涙の意とするところを知り、顔を歪めた。
噛み殺そうとした嗚咽も理性を破り、喉をついて大きくしゃくりを上げる。
安堵と、焦りから開放された爽快感と、そして少しの悲哀がないまぜになった激情はどうとも表現し難く、胸を詰まらせ、目頭を熱くした。
幼い子供のように泣くのは恥ずかしかったが、ようやく本当の出口を見つけた感情は止まる術を知らなかった。耐えかねてその場に蹲ったアスの背中を、オッドの小さな手が優しくなでる。
「……おかえり、アスラード」
──見つけた。
やっと、自分を見つけた気がした。その暗闇の濃さもわからぬほど暗かった心に、光が射す。
穏やかに帰郷を迎えたオッドの言葉にアスは心の中で呟いた。
ただいま、と。
十九章 終
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