第十六章 対話の刻



 どんな禍根があったにせよ、それが自分の死んでいい理由にはならない。

 だが、とアスは戦闘しながらも頭を苛ます、あるイメージに翻弄されていた。

 フィルミエルと初めて対峙した時に受けたあの懐かしい印象は、吹っ切るにはあまりにも鮮明すぎる。何故、彼女──否、彼を通してあのような風景を見ることが出来たのか、それを知らずに斬ることは出来ないのではないか。

 そう考えたアスの攻撃は緩く、逆にフィルミエルへ隙を与える結果となった。

 懐へ深く入り込んだアスの攻撃が一瞬だけ遅れ、その間にフィルミエルの膝がアスの腹に入り込む。そのまま勢いよく吹き飛ばされ、二転三転しつつ地面から起き上がったアスの頭をフィルミエルが踏みつけた。

「……!」

 躊躇いなく力の込められる足に、頭蓋が悲鳴を上げる。腹部に残る激痛と合わさって、まともな呼吸さえ許されない。

 深く吸い込もうとした息が喉の辺りでつっかえ、咳き込んだ瞬間、空気を切る音と共に頭を押さえつけていた足が消えた。一気に軽くなった頭は微かにぼんやりとするものの、どうにか起き上がって呼吸を整える。

 目の前ではフィルミエルが苦虫を噛み潰したかのような顔つきで、森の暗闇から浮かび上がる人物を凝視していた。

「……殺されては困る」

 銀髪が風になびき、埃まみれで汚れた旅装の中で不思議と浮かび上がる。目を覆う布の端が揺れ、曖昧だった存在感に現実味を与えた。

「カラゼク……」

 背後でライが呻く。カリーニンと共に無事だったようで、痛む体に顔をしかめつつも戦闘に参加しようとしていた。

 緊迫した空気の中にあって僅かにほっとしていると、突然、フィルミエルの哄笑が響き渡る。

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