第十六章 対話の刻



 凡庸な人間とは違うという自負と、「天」の遣いであるという誇りが、狩猟用の矢によって一瞬にして粉砕された。矢による傷痕は既に塞がっているが、それによって傷つけられたものの痛みは誰にもわかるまい。

 やっと、アスを殺せると意気が高揚していたものを。それをいくら油断していたとは言え、人間ごときの矢が自身の肌に傷をつけるのが許せない。フィルミエルは引き抜いて久しい矢を、怒りに任せて踏みつけた。

 この世界の誰も、自分に傷をつけることは許さない。それを許すのはただ一人だけだというのに。

「あたし、次は誰の言葉も待たないからね」

 アスを手にかけてこそ、自分の本当の願いが果たされる。数年前は逃した願いだが、今度こそは掴み取ってみせる。誰にも邪魔はさせない──ヘイルソンにさえも。

 爪が肌に食い込むほど強く腕を握り締めたフィルミエルの瞳が、鮮血のような鮮やかさを宿した。ざわりと空気が身震いする。

 それを見たガットは言葉を飲み込み、何となしにソンの反応を窺う。相変わらず表情が読めなかった。面をそのまま顔にしたかのような姿は、自分とは似ても似つかない。少年の可愛らしい顔つきには似つかわしくない無表情が、自分やフィルミエルの所為だと思うと何故か胸が痛む。

──別に、どうでもいいんだ。

 本当に、どうでもいい。誰かを殺すのも生かすのもどうでもよかった。ただ、どちらかというと殺すのが好きなのは、その行為の中で「命」を見ることが出来るからである。

 傷口や口から溢れ出す血が地面に広がるのを見る度に「命」の無限性を感じ、それが自らに跳ね返る時は、一瞬でも「命」に触れられたことに喜びさえ感じる。それは恍惚とは違う、純粋な喜びだった。

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