第十五章 岩窟の処女
「さあ、どうだか」
「僕は兄ちゃんやお母さんがあんな風にいなくなったら、泣いて何も出来ないし、誰も信じられなくなると思うんだ」
「……そうか」
「だからね」
サークは膝を強く抱え込み、そこに顎を乗せた。
そしてヴァークだけに聞こえるよう、小さく呟く。
「……そういう時は、僕は神様しか信じられなくなると思う」
まるで誰かに聞かれるのを恐れているかのような話しぶりに、始めは可愛らしい弟の話と聞いていたヴァークも、「神様」という単語に引っかかりを覚えた。
──神様、神、父神。
大陸の大部分を占める信仰が父神信仰であり、そしてそれはヴァークら少数民族を弾圧する一端を担った。
──いや、違うな。
そんな象徴的なことをサークは言っているわけではないだろう。
弟は現実に聞かれることを恐れているのだ──禁術に手を貸した「神様」に。
ふと、昼間見た赤い瞳が思い出され、ヴァークははっとしてサークを見た。
「……昼間の」
確かめるつもりで口にしたヴァークに対し、サークは静かに頷く。その顔は寒さだけではないだろう、少し青ざめていた。
「本当言うと、僕が怖かったのって姉ちゃんだけだったんだ。あの時の姉ちゃんは揺れていて、いつか爆発しそうで怖かった。……僕、あの三人は怖くなかった」
さらさらと木の葉がこすれる音がする。ささやかに風が吹き始めていた。
「……だってあの人たち、カリーニンと同じなんだもの。カリーニンと同じだった」
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