第十三章 幾多の夜 一つの朝



 久々に、もう一人の手のかかる息子のことを考えられそうだった。彼は今、どこで何をしているのだろうか。


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 繁華街の夜は長いものだが、グラミリオンの繁華街はまた別の空気でもって長く感じられる。

 労働者の人いきれ、汗の匂い、日々の暮らしへの不満、愚痴、それらを吐き出す為に用意されているかのような夜は重く、また暗かった。

 旅芸人の一座が奏でる明るい曲も、華やかな衣装を纏って踊る女も、どこか上滑りして聞こえる。それらは俯いて酒を飲む男達の耳には届かず、やたら賑やかな連中は今日を忘れようとしているのだろう。一座が設けた舞台の前だけが不自然に陽気で、野次を飛ばす様は物悲しく見えた。

「綺麗ね、あの人」

 どちらかというと俯いて酒を飲む側に座っているライの隣で、踊り手を見ながらロアーナが呟く。言葉には微かな羨望も見て取れた。

 無理もない。ロアーナの美しい髪は埃と土にまみれて本来の滑らかさを失い、見た目にもごわついて見える。肌は日々の運行からか、更に荒れるようになり、小さくひび割れて僅かに血が滲んでいるのが痛々しい。身にまとう旅装も薄汚れたもので、腰から下げた国軍の剣がかろうじての誇りを保たせているようだった。同じ年頃の女を街で見かければ、否が応でも自身の姿を見返してしまうだろう。

 自分も変わったか、とライはテーブルの上で組んだ手を見下ろした。王城で暮らしていた頃とは違う、節くれだって大きな手が目に入る。この手で剣を握り、アスを斬るつもりだった。

「エルダンテでもいたわよね、ああいう旅芸人の一座って。覚えてる?」

「……もう覚えてないよ」

 寛いだ風のロアーナを前にして、ライは溜め息と共に言葉を吐き出した。

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