第十章 足跡



 押し潰されそうになる気持ちを、考えることで紛らわし、カリーニンは茂みをかきわけてやや開けた場所に足を踏み出した。

 開けたといっても大人二人が座れば一杯の場所で、しかし、太陽の恵みを充分に受けて育った草はふわりと体を包み込んで暖かい。じめじめと濡れていないのもありがたかった。魔物の足跡も排泄物も見当たらないし、人の立ち入った気配もない。それだけ人里離れている場所なのかと愕然としたものだが、追われている身でそれは不幸中の幸いと言うべきだろう。

 カリーニンは魚を下ろし、暖かな草の絨毯を半分占拠するようにして横たわる人物の顔を見た。

 長い睫毛が影を落とし、木漏れ日のまばらな光で照らされた顔はほの白い。見た目こそただ眠っているようだが、小屋から逃げ出してここに辿り着くまでの間、ずっと眠ったままなのだ。時折風に任せて髪がなびく以外、指一つ動かない。

 本当に眠っているだけならばいいのだが、と嘆息する。その視線の先には規則正しい呼吸音で上下する胸の上に置かれた、左手があった。

 昨日の夜、ここなら、とアスを寝かせようとした瞬間、まるで何かから逃げるようにしてアスは飛び起きた。言葉をかけても何をしても逃げようともがくのみで、カリーニンが動きを押さえようと手を掴んだ途端、ぜんまいが切れたようにかくんと眠りについてしまったのである。驚きつつ寝かせようと手を離すと、再び起きて暴れ出す。それを何回か繰り返して試行錯誤の後、ようやくカリーニンは左手に原因があることを知った。

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