第十章 足跡



 虫の知らせではない、体に染み付いた何かが変化を告げた。

 駆けつけた保管場所で、古書というに相応しい姿となった予言書を目の当たりにした時、全身の震えが止まらなかったのを今でも覚えている。三日後の昼となった今でも古書然とした顔つきは変わらず、リミオスは逸る気持ちを抑えた。ようやっと、待ち望んだ瞬間を目の前にしているのである。あと少しなのだ、と気持ちを抑える時間も今は楽しい。

──リファムにも舞台に上がってもらわなければならない。

 秘密裏に侵入したエルダンテの軍を、おそらくリファムは許さない。裏庭を荒らされて黙っているようでは、あの大国を治めきれるわけがない。その直後にエルダンテの使者が訪れれば不信も露になり、リファムは独自で動こうとするだろう。時の神子の力がどんなものであるかは知らないだろうが、躍起になるエルダンテを見れば自然競争的に彼らも動く。

 大国リファムが動けば波紋が広がるようにして、グラミリオンやその他の小国も動き出すだろう。噂が噂を呼んで混沌とするであろうことは目に見えている。

 それが狙いだった。

 どこもかしこも動き出せば静かでいられる所などない。

 それによってごく自然に神子の力の覚醒を促し、そして息を潜める者には舞台に上がってもらう。無関心でいることなど許さない。

 予言書の上に置いた手はぽかぽかと暖かい。順調に事態は進行している。その先触れが予言書の変貌だ。目まぐるしく変化していく外の世界など足蹴にするように、予言書は陽光の恵みを一身に浴びて胎動している。きっと喜んでいるのだ、とリミオスは目を細めた。

 神子の力の発動を予言書が讃えているのである。

 感知出来る範囲で物を言えば、いくらか荒削りの第一歩のようだ。しかし、予言書はそれで充分とでも言いたげに胎動を始めた。ならば、それでいい。

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