第七章 一歩
馬を止める仲間の背中に声をかける。うなじで結んだ金色の髪が風に揺れてきらめいた。女から見ても羨ましいその髪に白い肌、青年の快活さをそなえた相貌も羨望の対象だ。立ち姿もどこか王族めいて見え、仲間でありながら羨ましさを抑えることは出来ない。さすがは執権の懐刀というところだろうか。
「何が」
欠点をあげるとすれば、この硬質な声と性格だろう。きっと笑えば誰もが振り返るだろうに、件の津波を思えば仕方のないこととも言える。あれ以来、彼は何かを閉ざしてしまった。心と端的に呼ぶには深すぎる、何かを。
──神子が持っていってしまった。
冗談交じりに執権が話したのを聞いたことがある。その通りならば、神子とやらは彼の故郷だけでなく、彼の最も大事な部分を持っていってしまった。
民衆だけでなく、生ある者の最も根源たる部分まで。
伝説だから何だという。自らがそうだと知らなかったから何だと言う。結果がこのざまだ。事実から逃げる神子に同情する者は、エルダンテに誰一人としていない。
当然よ。自身が果たすべき責務を放り投げて逃げる神子に、何を求めれば良いと言う。救われるあてのない望みなど持たせるだけ残酷だ。神子はそうして国をもてあそび、今も尚逃げ続けている。
必ず捕まえてみせる。必ず捕まえて彼の心も故郷も返してもらう。そのためだったら何でもしてやろう。
「おい、何してんだよ」
前を行く三つ編みの男がこちらを振り返った。
「ジャック、待って、今行くから」
ジャックは軽く肩をすくめて呆れたように前に向き直り、道の端に寄った。彼には人の気持ちを察するということが出来ないのだろうか。
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