第六章 その陰を知らず



──どうする。

 ちらりとカリーニンを見た。今まで聞こえていた呻き声も、今は小さい。時折、動く指が、わずかに残る生気を感じさせた。

 置いていくわけにはいかない。あの巨体を前に骨は折れそうだが、置いていけば盗賊団の中での自分の信用は完全に失墜する。それではこれから先、うまく動くことが出来ない。

 小さく息を吐いて、よろりと立ち上がり、一歩一歩ゆっくりと歩みを進める。領主の屋敷は明かりこそつけてはいるものの、外の様子を窺うように動く気配がなかった。鎧の音が近づきつつあったが、体が思うようにうごかない。ぎしぎしと節が痛む。

 ひきずってでも、と、もう少しの所まで辿り着いた時、唐突に肉薄した鎧の音に男の声が重なった。

「捕えろ!」

 瞬間、後頭部に鈍い痛みを感じた。滲んでいく視界は上へ段々と動き、それは自分が倒れているからだと気付くのに時間はかからなかった。馬乗りになった兵士がアスの腕をひねり上げて拘束する。気絶しようというところを、無理矢理引き戻した痛みに耐えかねてもがくと、今度はその手が頭を殴った。

「悪魔が……!」

 力の加減を失った拳は今度こそ気絶させるに足る痛みを与えた。霞む視界の向こうで憤怒に顔を染める兵士が見える。どうしてこんなにも顔を赤くして睨み付けているのだろうか。この男が怒る理由とは何だろうと、遠のく意識の中で考えた。

 わからない、と答える声があった。



六章 終

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