第六章 その陰を知らず
アスはそれだけだった。
仲間も気味悪がって寄り付かず、彼女の隣にいるのは常にザルマのみである。言われることに顎を引くかかぶりを振るかの反応しかせず、虚ろな目は何を考えているのかわからない。
よお、と邸内を散歩している風の仲間がカリーニンに声をかけて近寄る。ちらりと視線を寄越して答え、しかし、次の瞬間には二人に視線を戻した。それを目で追った仲間は眉をひそめる。
「……あいつ、どう思う?」
思いのほか低い声で問う仲間に、カリーニンはさあ、とだけ答えた。
カリーニンはまだ判断しかねていた。
アスは自分たちにとって味方か、はたまた悪なのかと。
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「──あらやだ、エルダンテより大きいんだ」
「大陸一だろ。当たり前」
「捕まえるの、殺るの」
「殺るの。だからヘイルソンは僕らを下ろしたわけ」
「あたしとあんたと、馬鹿一人」
「いいよ、馬鹿で結構。さっさと片付けて帰ろうぜ」
「ほんと、汚いったらありゃしない」
横にないだ手の先から赤いものが飛び散る。
「……やあね、本気になっちゃって」
指に残ったそれを舌で舐めとり、周囲を見渡した。
そこはつい数秒前まで青い芝が繁茂し、白く小さな花が懸命に生を主張していた穏やかな丘だった。
そう、先刻までは。
「……可愛いじゃない」
指先の血を舐めとった口を歪めて笑う。
青い芝は見えない。それらを覆い隠す死体の山があるからだ。粘性のある赤で隠された白い花は首をもたげ、丘に訪れた死を悼んでいるかのようである。
周囲に広がる死体の山からは鮮血が細い川を成して流れ、鈍い光を放ちながら鉄臭い匂いを漂わせる。既に光を映さない多くの目は、突如として顕現した脅威に見開かれていた。うろんな目はただ青い空を映すのみで、そこに何者の意志もありはしない。ただ、死だけがあった。
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