第五章 覇王
「慣れぬ言葉を使うものではないな。お前は他者に対し、下ることを知らぬ」
「……まるで私が馬鹿のように言う」
大して傷ついた風でもなく呟くと、男は立ち上がった。さらり、と裾の長い衣服と長い黒髪が流れ落ちる。玉座に至る階段を下りて最下段で腰を落ち着けた。
「しかし当たりだ。同士は欲しいが君主はいらん。今日は何だ、羽持ち」
羽持ちという呼称に顔をしかめながらも、その男は口を開く。
健康的にやけた肌、漆黒の光を放つ黒髪の王とは対照的な男だった。磁器のように透き通った肌、一本一本乱れることなく腰まで流れ落ちる金の髪。少し動くたびにその髪が多彩な色を放って輝いた。美しい、とただ感嘆するのもいいだろう。だが、壮絶という言葉を付け足さねばならない。それを裏付けるかのように、双眸は血のように赤かった。
対して、つくづく自分とは違う、と自身の目の色を思い起こす。
髪に合わせたかのような深い黒の瞳。暗黒の色と称した家臣もいた。
「エルダンテに予言書が表れたことは」
羽持ちの言葉に顔をわずかに上げる。
「お前も『時の神子』絡みか」
「話が早くて良い。探し出して殺せ」
端的な言葉に顔の筋肉が歪むことはなかった。
「随分と強引だな」
「断る理由があるか?」
険を含んだ視線を寄越す。男は軽く肩をすくめた。
「いや。いくら神様と言えど、欲しいからと言ってさっさと天に召してしまうのもどうかと思ってな」
「欲しくはない」
固い声音に迷いは感じられなかった。男は羽持ちの表情を窺う。目の前に現れてからこっち、その表情が変わることはない。唯一変化したと言えば男が使う羽持ちという呼称に対しての不満を表した時だろうか。一寸たりとも動かない顔の筋肉からは何も読み取ることが出来ない。
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