「わたしはあなたのことなんてみとめてないんですからね! この、どろぼーネコー!」

誰ですか、身分の低いヒロインとイケイケモテモテ王子様の恋路を邪魔する邪悪な母親のような台詞を吐いてるのは。……そうです私の愛娘かっこ今年で五歳かっことじです。

「うちの娘は真昼間から一体何を……」
「真昼間から床に転職してる変態父よりマシじゃあねーかな、なぁバカ息子」

庭園の水時計が昼休憩の時刻を指す頃。廊下の床に這いつくばってマントを被りそっと扉を開けて隙間を作り、部屋の中のティーたちに気付かれない様に古より我が王家に伝わりし覗き見スタイルに変・身!していたら、通りがかった父の嘆きの声が上から降ってきた。何故ここにいる。そして何故同じ格好になる。

「離宮にいても暇なんだよ構えよ息子」
「嫌だ離れろ真似するなやめろ」
「いつからそんなにお父様のこと邪険に扱うようになったんだろうなお前」
「それは遙か昔私がまだ幼かったあの日まで遡る……そう、痛いから嫌だやめてと泣きじゃくる私を貴方が無理やり抱きしめて必殺無精髭擦り付けトルネードをお見舞いしてきた日からかな、あれは本当に痛かった私の美しい顔が削れて目も当てられない事態になるかと思った」
「それ愛情表現じゃねぇ……?」

納得のいかなさそうな声を出す父は放っておいて、声を出来るだけ拾う為にギリギリまでほふく前進でドアに近づく。そっと中をうかがうと、部屋の中には、ハラハラと見守る女騎士をバックに椅子に仁王立ちするティーと、床に腰を下ろした隊長。隊長!?

「……泥棒猫?」
「そう、どろぼーネコ!」
「猫か」
「たいちょー、ネコすき?」
「好きだ」
「ティーもすきよ!」
「そうか」

なんだか主旨がずれていっていないだろうか。可愛いけれども。にゃーと椅子の上でステップを踏むうちの子は勿論、厳つい顔に似合わず猫好きな隊長も悶絶するほど可愛いけれども。

「ネコはちょうちょとおなじくらいかわいい。あっ、わたしのしゅみが昆虫採集だということはおとーさまにはひみつなの」
「そうか、わかった」
「……子供の話ってよく飛躍するよね、というかごめんよティー、お父様それ物凄く前から知っているよ。お父様の政務室から、虫籠と網を持って罠を仕掛けている君が時々見えるし君の服からは大抵樹液の甘酸っぱい香りがするよ。お父様の隠れた趣味は草むしりだということを今度教えてあげるからそれでおあいこにしておくれ。あ、ちなみに隊長のパンツを集めることは趣味ではなくてライフワークだから呼吸をするのと同じくらい自然なことだから隊長のパンツが無いということはつまり酸素が無いということだから私生きていけないから……」
「……黙れ変態息子……」

その場にいないのにさも会話に加わっているかのように発言をする、そうこれが秘技エア会話である。お父様には内緒と言っているのだから、ここで乱入するとあの天使たちの夢の競演が終わってしまう可能性がある、よって私はこうするしかないんだ。父が可哀想なものを見る目で私を見つめているが、全く空しくなんてない。

「あっ話がずれてた、えっとね、ちょっと待ってね」

次なんて言うんだっけ、と台本を開き指で文字を辿る私の天使。何故台本があるのかは謎だがとりあえず表紙の子供らしくあちらこちらにのたうっている字がかわいい。タイトルが「よめいびり」なのが若干気にはかかるけど。

「あった! えーっとね、これ以上うちのおとーさまにしあわせ太りさせちゃいけません!」

えっ。

「……?」
「おとーさまのおなか押してたしかめたら、ほんとにまえよりぷにぷにだったの」
「それは確かにそうだが」
「結婚してしあわせだからふとるって、おじーさまがいってたもん」

えっえっ。隣で床になっている『おじーさま』が、やべっと呟くのが聞こえた。

「隊長がどろぼーネコでおとーさまと結婚したから、おとーさまがしあわせになってそれで太るって。えっと、おとーさまの書さいのずっと奥の方にあるれんあいしょうせつは、主人公と王子様がけっこんするんだけど」

ああ……私の秘蔵本の身分差恋愛小説を読んだのかい……。そもそも何故、私のトップシークレットの一つであるドキドキ☆秘密の恋愛小説置き場☆の場所がバレているんだろう。

「王子様のおかーさまが主人公に『このどろぼーネコ!』って言って、えっと、よめいびり?をするの」
「ほう」
「『あなたのせいでうちの子が悪いえいきょーをーむきー』って言って怒るの。だからね、おかーさまにそういう義務があるならね、むすめのティーにもよめいびりをして、おとーさまをしあわせじゃなくして、しあわせ太りを食いとめる義務があるはずなのー!」

のー、のー、のー、と何故か脳内にこだまする声と共に、ティーはびしっと隊長を指差す。見下ろされている隊長は顎に手を当て暫く考え込むと、ひどく真面目な顔をして四歳の少女に問いかけた。

「……それは『俺がスペンサーと結婚して幸せにしている』という前提での話なんだな?」
「うん」
「そもそも、そこなんだ」

眉間により一層深く皺を刻んで、真剣に物を考えている時の目で、嘘や冗談の色を微塵も感じさせないような声音で、私の旦那様はこう宣った。

「……そもそも、あいつは俺といて本当に幸せなのか?」

………………えっ?




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