「いい加減寝るか……」
「えっ嫌ですまだ夜は長いんです隊長とお話しするんですピロートークするんですー!」
「お前明日も朝早いんだから寝ろ」
「やだやだ隊長、いくらでも私のお腹ぷにぷにしていいですからやめて寝ないでやめて」
「わかったわかった」

隊長は弄っていた私の腹から手を離し、無情にもシーツを胸元まで引き上げ背を向ける。何も分かってないじゃないですか私の要求何も通ってないじゃないですか隊長。いやだいやだまだ寝たくない。結婚したとはいえ私には王としての責務があるから隊長と一緒にだらだら出来る時間は基本夜だけなのに。せっかくつねられることにも慣れてちょっと気持ち良くなってきたところだったのに。なおも言いつのろうとすると腕だけが伸びてきて宥めるように頭をぽんぽんと撫でるから、その手つきがあまりにも優しいものだから、私はもう何も言えなくなってしまった。枕元の蝋燭をそっと吹き消し、同じシーツに潜る。でも、もっとお話し、したい。眠くない。暗闇に次第に目が慣れてきたので、隊長の背中の凸凹を舐めるように眺めることにした。

「……スペンサー、視線が五月蠅い。目を閉じろ」
「隊長、そんな、私は無実です、私何も見てません暗がりでもわかる白いシーツと盛り上がった褐色の筋肉のコントラストがまぶしいですおいしいですごちそうさまですとか断じて思ってません」
「閉じろ」
「はーい……」

うなじの古傷に額をぴったりと付けて目を閉じる。目は閉じた。言われた通り目は閉じたから、こっそり手を伸ばして隊長の浮き出た喉仏の形を確かめるように指先で撫でまわすという行為くらい許されると思う。許されると思っていた時期が私にもありました。光の速さで隊長の左肘が首をキメに来ました。死ぬ。

「お、と、な、し、く、寝、ろ」
「……はーい……」

あまり本気で怒らせるとベッドから放り出されて固い床で寝る羽目になるので、おとなしく脇から両腕を回して隊長を後ろから抱きしめることにする。今までの経験上これはセーフ。しかしここから少しでも手を動かしてたくましい胸筋を揉みに掛かるとアウト。一晩中脇で腕を全力ホールドそして肘から先に血を巡らせないの刑にあうから注意が必要だ。今日も私は誘惑と戦っている。

「……」
「隊長、たいちょー」
「……」
「隊長隊長、もう寝ちゃったんですか、ねえねえたいちょー……」

声をひそめて話しかけても何の反応もない。ぎゅうと力いっぱい隊長を抱きしめて背中に頬を擦り付けると、そこが規則的な呼吸に合わせて上下するのが分かった。どうやら本気で寝てしまったようだ。寂しいなあ。暗闇の中で一人、そんなことを思う。隊長の背筋という一種の楽園に顔を埋めてなお、私は少しだけ、本当に少しだけ、寂しさを感じている。

(たまには、正面から抱き合って寝たいなー、とか……)

引き締まった背筋と硬い肩甲骨を直に堪能できるのも悪くはないむしろ良い私の頭に春が来たぐへへへへへ状態なのだけれど、それでも、最近の私ときたら、向かい合ったまま眠ってくれてもいいのになあとか贅沢なことを考えてしまう。隊長の方から抱きしめてくれるとか私が眠くなるまで存分に話に付き合ってくれてそして一緒に眠りに落ちてくれるとか眠る前におやすみのキスをしてくれるとか、そういうのいいなあとか憧れていたりする。欲張りだ。昔は隊長の冷たい目に自分の姿が映っただけで満足していたくせに。結婚したばかりの頃は同じベッドで隊長が眠っているというだけで胸が張り裂けて死んでしまいそうだったくせに。例えすぐに背を向けられようが無視されようが踏まれようが寝返りの際に下敷きにされようが天にものぼる気持ちだったくせに。今のままでも十分幸せなくせに、悲しいかな、私という人間はすぐ幸せに慣れてそれ以上を望んでしまう非情に強欲な生き物であるようなのだ、まる。




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