星生みのロロ



むかしむかし、人間たちの国のずうっと向こう、太陽の沈む場所、ドウブツたちの住むところ。一年中花と緑が絶えないうつくしい野原で、[星生み]のヒツジたちは夜空に星をまきながら穏やかに暮らしていました。
これは、その場所で生まれた一匹の落ちこぼれヒツジのお話です。


「もも、も、しかして、わたっ、わたしは、失敗してしまったのですかっ?」

女の子ヒツジのロロロはがくがくと震える膝を叱咤し、精一杯声を絞り出しました。

「わ、わたしです、ロロロです、ヒツジの、黒ヒツジのロロロです、答えてくださいカワセミのナナジュさまぁ」

ロロロは冷たい息を吐き、空に向かって問いかけます。あまりの緊張で、ロロロのおなかはきゅうっと鳴きました。

『そうですね、失敗です。残念ながら』 

星が出ていませんね。りんと響く声と共に、ロロロの前に小さなカワセミが舞い降りました。

「あう、どうしましょうどうしましょうナナジュさま、このままではお空が真っ暗になってしまいます」
『安心なさいロロロ。あなたが生みそこねた分は、ちゃんとラララが働いてくれますから』
「ラララが?」

ロロロがナナジュの指す方向を見上げると、紺色に染まりゆく空を一匹の黄色いヒツジが駆けていくのがみえました。ラララです。彼の駆けた跡から、ぽつりぽつりと空に穴が開き、そこからほんのりと淡い光が漏れ出します。光る、青白、赤、橙、黄、白。おおきいもの、ちいさいもの、たくさんの星が、ネイビーの夜空に次々と姿を現しました。

「あ……」
『あいかわらず早いですね』

カワセミのナナジュはロロロの鼻にとまり、ほうとため息をつきます。ロロロは、広い夜空を駆け回るラララの黄色い毛皮を見て、どこかに逃げ出してしまいたくなりました。


「やい、ドジでまぬけなロロロ。おまえのせいで無駄な時間をくっちまっただろう。おかげで星はきのうの半分だ」

空から戻ってきたラララは、ロロロのごわごわの黒毛を見るなり不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
ラララはロロロの幼なじみの男の子ヒツジです。ラララは優秀な[星生み]で、小さいころから大人顔負けのはたらきをしていました。できないなら最初からやらせるんじゃなかった、ぷんぷんと音が聞こえそうなほど怒っているラララは、ロロロの返事を待たずに、まくしたてます。

「それでもな、おまえが[星生み]の仕事をちゃんとできるようにならないと、いつまでもおれはひとりでこの広い空に星を出さなくちゃいけなくなっちまうんだ。だからおまえがいくら下手くそでも仕事をまかせてみたんだ、ケーケンをつませるために。なのに、おまえときたらひとつも星を出せやしない!」

ロロロのダメヒツジめ! そうロロロをののしってから、ラララは黙って足元の草を食べ始めました。
いつもはラララの怒りをだまって受け流すロロロも、今日ばかりはしょんぼりとうなだれます。

「ごめんなさいラララ……」

ロロロがあやまるとは思っていなかったのか、ラララはぎょっとして顔を上げ、目をまあるくしました。

「え、う、なんで泣いてる」

涙をおめめいっぱいにためたロロロに気付き、ラララはうろたえました。ロロロは確かにドジなヒツジで、ラララはそんなロロロをよく怒鳴りつけていましたが、ロロロは静かにうつむくばかりで、泣いたことなどなかったからです。

「ラララに、は、わか、わかんないよ……」

自分の黒い毛をぎゅうとつかんで、ロロロは泣き出しました。

「わた、わたしは、[星生み]にはなっ、なれないもの!」

しゃくりあげながら、ロロロは叫びました。
[星生み]のヒツジは、空に穴をあけ、そこを駆けることでかみさまに今日星を出してほしい場所を示します。そうやって暗い夜に光をともすのですが、かみさまがこの世界を見ていらっしゃる時間はとても短いので、[星生み]たちはたくさんの星を出すために、できるだけ早く、できるだけかみさまにわかりやすいように走らなくてはならないのでした。

「わた、しは、のの、のろまで、な、なにより、真っ黒だから、ぜんぜんかみさまか、ら、見えていなかった、もの!」

ひっく。ロロロの大きな目からぽろぽろとしずくが零れ落ちます。こんなに苦しいのなら、いっそ星なんてなくなってしまえばいいのに、そうロロロは漏らします。

「足がはやくて、黄色いラララには、分かんなっ、」
「うるさいロロロ! わかってないのはおまえだ!」

ラララは前足を振り上げて、ロロロの額を思いっきりたたきました。

「おまえが[星生み]にむいてないとかそんなことは関係ない! おまえは[星生み]にならなきゃいけないんだ、もうヒツジはおれたち二ひきだけなんだから」

うえっ、とえづいたロロロを無視してラララは続けます。

「おれたちが星を出さないとほかの生き物がこまるんだぞ! 星を光らせて、星を守れって、それがおれたち[星生み]のヒツジの誇りだって、死んだみんなが言ってたじゃないか!」

ラララは身体を怒りでふくらませて、もう一度前足を振り上げました。

『いい加減になさい、二匹とも!』
「ナナジュ様……」
「ナナジュさまぁ」

突然響いたナナジュの声に、ラララは動きを止めます。青いカワセミはラララの頭にとまり、そのくちばしでラララを思いっきりつつきました。

「いたたっ、痛いですナナジュ様!」
『ラララ、あなたの言っていることは確かに正論ですけれど、暴力はよろしくありません』

それは暴力ではないのですかと言いたいのをぐっとこらえて、ラララはばつが悪そうに短い尻尾をぴこぴこ動かしました。

『それからロロロ』

ロロロはしゃくりあげ、はい、と小さく返事をしました。

『自分の生まれを呪っても、星を呪っても仕方がありません。あなたは確かに[星生み]には向いていないかもしれない』

やっぱり、とロロロはうつむきました。でもね、ナナジュは優しい声でロロロに声をかけました。

『でもねロロロ、あなたには、あなたにしかできないことがあるはず』
「……わたしにしか、できないこと?」

そうです、とナナジュはさえずって、青い翼でラララとロロロをいとおしそうになでました。


『我々は生まれた時から、みんな異なった使命をもっているのです。カワセミ同士でも、ヒツジ同士でも、違う使命を、ね』




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