そして、それは突然やってきました。

「[星喰い]のクジラだ……」

ある日、[星生み]の仕事から帰ったラララが、空を見上げて呆然とつぶやきました。ロロロも草を食んでいた口を止め、ラララの指す方向に目を向けます。

――うォおオオおおおおオおおおオおオオオおン――

ロロロたちの数百倍はあろうかというクジラが、大きな口を開き、ほえながら迫ってくるのが見えました。

「どどど、どうしようラララ、お星さま、食べられちゃう!」

[星喰い]のクジラは、その名の通り星を食べるクジラです。新月の夜にごくまれにあらわれ、ゆったりとした動きで空を泳ぎ、[星生み]たちが出した星の穴を飲み込んで行ってしまう、[星生み]たちの天敵なのです。一度クジラに飲みこまれた穴はもう二度と不落ことはなく、その星はもう消えてしまったも同然。ラララは舌打ちをしました。

「くそっ」
「ラ、ラララ、どこ行くの!?」
「星の穴を閉じてくるにきまってるだろ!」

お前はここにいろよ、そう言い残してラララは空に浮かびあがり、星の瞬くほうへ駆け出しました。クジラはどこか楽しそうにうなり、ラララと同じ方に向かってゆっくりと泳ぎだしました。

「ララ、ラララが、た、食べられちゃ、う……みんなみたいに」

星だけを食べるはずだった[星喰い]のクジラは、――空腹からなのか、食事を邪魔する[星生み]たちが邪魔になったからなのかはわかりませんが――ある時から、ヒツジを食べるようになりました。そう、昔はたくさんいた[星生み]のヒツジたちは、ロロロとラララがまだ小さかったころに、みんな[星喰い]のクジラに食べられてしまったのです。
ラララなら大丈夫、でも、いくらラララの足が速くても、でも、わたしが行ったところで、でも。たくさんの思いがロロロの中を駆け巡り、ロロロはパニックになりました。
そんな時、いつかのラララの声が聞こえたのです。

(星を光らせて、星を守れって、それがおれたち[星生み]のヒツジの誇りだって、)

「……行かなきゃ、」
ロロロはぶるぶる震えるからだを叱咤して、真っ黒の空に飛びあがりました。


やっとの思いでラララのいる空までたどり着いたロロロは息をのみました。
クジラが。ラララの、後ろに。

「ラララー!」

ロロロは無我夢中で、クジラの大きな目に体当たりをしました。クジラは恐ろしいうなり声をあげて、目を閉じて大きなからだを苦しみにぐおんぐおんとうねらせました。

「ばかロロロ、食べられたいのか!」

ラララは星の穴を閉じながら、ロロロを怒鳴ります。

「おまえ、星も、おれも嫌いだろ、なら、」
「ちがう!」

帰れ、というラララの言葉をさえぎって、ロロロは叫びました。

「だって、本当はすきなんだもの、星もラララも!」

ロロロは泣きながら精一杯叫びました。ラララは走りながら、目をまあるくしています。

「なくなったら、いやだもの!」

ロロロは今でも[星生み]になどなりたくありません、なれません。それでも、ロロロは星が大切なのです。あの美しい夜の灯りたちが大切なのです。
だって、どんなにおちこぼれでも、ロロロは[星生み]のヒツジなのですから。

「だから、だから行ってよラララ!」

ロロロは、[星生み]のヒツジなのですから、たとえ自分は食べられても、星を守らなければいけないのです。ラララはしばらく固まっていましたが、やがて意を決したように、星の集まる方へ駆けていきました。
ラララの背中が小さくなったころ、クジラはからだをのっそりとおこし、口を大きく開きました。

――がちん。

ロロロが覚悟を決めて目を閉じた瞬間、クジラの口が閉じる音が遠くで聞こえました。

「あれ……?」

ロロロがゆっくり目を開くと、なぜかクジラは星もロロロもいない場所で口をばくばく開閉しています。首をかしげたロロロの頭の中に、ひとつの考えがうかびました。

「もしかして、わたしのこと、みえてない……?」

そう、今は星があるとはいえ、夜です。空はほぼ真っ暗で、ロロロの体は闇にまぎれてクジラには見えていないようなのです。[星喰い]のクジラは、うなりながらくるくると同じところを回り続けます。どうやら自分の目に体当たりしてきた犯人を捜しているようです。

――[星喰い]のクジラは耳も、鼻も悪いのです。

いつだったか、ナナジュが言った言葉がロロロの頭を駆け巡ります。[星喰い]のクジラは耳も鼻も悪い。このよのことわりからはずれてしまったから。つまり、クジラは目だけで星とヒツジを見つけて食べていることになります。ということは。ロロロは夜の闇に溶ける自分の黒い毛皮を見ました。

「わたし、なら、みつからない……!」

クジラは犯人を見つけることをあきらめたのか、ずっと遠くにいるラララの方にのっそりとからだの向きを変え始めました。

(あなたには、あなたにしかできないことがあるはず)

「ナナジュさま、わたし、みつけたかもしれません!」

ロロロは喜びに無いはずの牙を剥き、かたい毛を逆立てました。




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