むかし、むかし。
エルヴィスは大魔王と違ってよく動きよく遊びよく笑い、夜になると疲れきってよく眠りました。それらを何十回も何百回も繰り返し、彼は物理的に大きくなっていきました。

『おやすみ』

大魔王と未来の勇者だけの城の中、いつも通りシーツを胸元まで引き寄せ背を向けると、不意にエルヴィスがガルタニアスの手を掴みました。どうした、とだけ答えて振り返りますが、金の瞳の少年はまつ毛を伏せてめずらしく言い淀み、魔王の手のひらを指でなぞるだけです。ねえ、と低くなり始めたばかりの声が部屋に落ちたのは、しばらく経ってからでした。

『……なんで俺には父さんみたいな角が無いの?』
『それはお前がまだ子供だからだ』
『なんで俺の身体は父さんと違って柔らかいの?』
『それもお前がまだ子供だからだ』
『…………うそだ。ねえ、俺は、父さんの本当の子供じゃないの?』

絞り出された珍しく深刻な声に、う、とガルタニアスは答えに窮しました。そうだ、と答えればこの自由な生き物はどのような行動に出るか予測が付きませんし、お前は私の子供だとその場しのぎの嘘を吐いたとしても、この様子では証拠を求められてしまうでしょう。ガルタニアスはうんうん考えて、やがて、寝台に入ってエルヴィスを片手で抱き寄せ、顎に指を添えました。凶器めいた口が皮膚を割かぬよう気を付けながら、額にそっと口づけます。

『お前を愛している』

耳元で囁くと、エルヴィスは頬を真っ赤に染めて固まりました。顔からはぽっぽと湯気が出ています。仕組みは未だによく分かりませんが、こうすれば彼は大抵のことはおとなしく誤魔化されてくれるのだと、ガルタニアスはここ数年で学習したのです。拗ねている時も、うなされている夜も、まるで、魔法のように。愛しているの意味くらいガルタニアスだってもちろん知っていますが、もちろん魔王が勇者を愛するわけもないので、彼にとってはただの呪文でしかありませんでした。追い打ちのようにぽんぽんシーツを叩き、早く眠りに落ちるように誘導してやります。
金髪の少年は、ガルタニアスにぎゅうと抱きついて肩口に顔を埋め、小さな声で何事か呟きましたが、光の加護の影響でしょうか、大魔王には上手く聞き取れませんでした。

『愛している……』

エルヴィスがこくんと頷いて、静かにまぶたを閉じる気配がしました。しばらくすると安らかな寝息が聞こえてきて、魔王はそれを合図にそっと腕を抜き、寝台を抜け出します。

『愛して、いる…………』

後ろ手で寝所の扉を閉めて、大魔王は一人呟きました。静かな夜の空気に溶けていく呪文。

『愛し、て…………』

愛している、それは嘘でした。愛している、それは彼を利用するための嘘、だったはずでした。ただの呪文だったはず、でした。けれど、愛している、何度もそう繰り返すうちに、腕の中の小さな温もりを思い出すうちに、ガルタニアス自身にも嘘と本当の境が分からなくなってきておりました。




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